高校教師
北イタリアの小さな海辺の町を舞台に、暗い過去を持つ教師と妻、生徒の愛の葛藤を描く。
この映画「高校教師」は、陰鬱で、言いようもなく、暗い炎が燃え盛る愛のドラマだと思います。 なんという苦さ、なんという虚無感だろう。 この映画は、イタリアの叙情派のヴァレリオ・ズルリーニ監督の、いわば"心情的"な自伝映画なのだと思います。 イタリアのリミニの町へ、高校の臨時教師としてやって来た、37歳のダニエレ・ドミニチ(アラン・ドロン)は、成熟した19歳の美しい女生徒ヴァニーナ(ソニア・ペトローヴァ)を、本当に愛したのだろうか。 寡黙で拒否的な、謎めいたこの教え子に「君の痛みや、どうにもならない憂鬱を見ていられないんだ」と近づく彼の、それは恋慕というより"自己愛"ではなかったのか。 彼が生徒の前で口にする、イタリアの詩人や文豪、ペトラルカやマンゾーニやレオパルディの作品には、たとえ恋の憧れを謳おうとも、"厭世の影"が色濃く漂うんですね。 そして、その翳りは、そのままダニエレのものなのだ。 暗い暗い絶望感でもあるのだ。 かつて従妹の少女リビアを、初恋の16歳で自殺に追いやってしまった彼は、その青春の打撃を、悔恨を、罪の意識を、今も引きずるかのように見える。 だがその背後に、いや底に深く根差すのは、彼の名門の家系なのだ。 エル・アラメインの英雄として戦死した大佐の亡父と、ラストの葬儀に凝然と凍り付く横顔を見せる母、そして彼が学んだ神学も含めて、全て偽善と虚偽の権勢による重圧への、反抗と憎悪の果ての絶望こそが、今のダニエレ・ドミニチを無限の虚無感に沈ませるのだと思います。 遠い日、彼が亡き少女リビアに捧げたという詩集「静寂の最初の夜」は、むしろ彼の"若気の至り"ではなかったのか。 "死こそ静けさの初めての夜-----"と謳った、あの若気の情熱への追慕を、今ダニエレは、美しい教え子ヴァニーナの上に重ねるのだ。 金髪のなまめいた女装の男が「彼女は危険よ。たくさんの過去と、少しの現在と、未来はゼロの女よ」と囁いた、ヴァニーナの上に--------。 彼の中で燃え盛る暗い情熱の炎は、死への志向だ。 彼はヴァニーナを、"愛"ではなく"死"への道連れに選びとりながら、だがなお彼は、自ら死に踏み切れず、自動車事故という形で「静寂の最初の夜」を勝ち取るのだ。 そして、ダニエレと妻モニカ(レア・マッサリ)、かつて人の妻であった彼女と、彼女を盗んだ彼とは、互いの傷口を指でえぐりあうようにして、"罪の共犯意識"を嗜虐的に確かめ合う------。 自分を淫らに貶めることで、逆にダニエレの愛をモニカは求めるのだけれど、彼にはもはや愛はなくなっているのだ。 いや、最初から愛はなかったのかも知れない。 ヴァニーナが、実は"娼婦"であったことは、観ている者にとって大したショックではない。 むしろショックは、これほど気分を出して官能場面を描きながら、その実、ズルリーニ監督は、本当に"愛をこめて"女を描いてはいないことだ。 夏の時期以外は、パタリと寂れてしまうこのアドリア海に面した北イタリアの海水浴の町リミニ。 シーザーが「ルビコンを渡った」そのルビコンの"小川"を少し北に持つ、閉鎖的な救いがたいリミニの町の、荒涼たる冬の風景に、トランペットとサックスのけだるく哀切な響きが高鳴っていく------。 この映画は、かつて女を恋した、あるいは愛そうとした情熱も、今は"失われた幻想"となったズルリーニ監督の、これはエゴイスティックな男の映画なのだと思います。
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