ペーパー・ムーン
聖書を売り付けて小金を稼ぐ詐欺師のモーゼが、亡くなった知り合いの娘アディと出会う。彼は嫌々ながら彼女を親戚の家まで送り届ける事になったが、ペテンの相棒としてアディと旅を続けるうち、モーゼは父親めいた愛情を感じていく……。モノクロの映像が30年代の雰囲気を巧みに伝える、心温まるロード・ムービー。
1970年代のアメリカ映画の映画史的な流れとして、過去を取り上げた、いわゆるノスタルジックな映画が流行しました。 過去を取り上げるだけなら、そんなに珍しい事ではありませんが、色彩から衣装、音楽の使い方に至るまで細心の神経と注意をはらい、ノスタルジックな郷愁をかきたて、気分を盛り上げていくような映画が数多く製作されました。 それは、一面では現実からの逃避という側面もありますが、良質の優れた映画には、過ぎ去ったものをもう一度見直そうとする真摯な精神が満ち溢れていたのではないかと思います。 映画批評家出身のピーター・ボグダノヴィッチ監督は、1968年の「殺人者はライフルを持っている!」で鮮烈なデビューを飾った後、1971年のノスタルジア映画の最高峰とも言われる名作の「ラスト・ショー」を撮り、まさに監督としての絶頂期の1973年にこの「ペーパー・ムーン」を撮りました。 その頃、フランシス・フォード・コッポラ監督、ウィリアム・フリードキン監督という当時の新進気鋭の監督たちと、「ディレクターズ・カンパニー」という独立した映画会社を設立し、その第1回作品としてこの「ペーパー・ムーン」が製作された事はあまりにも有名です。 特にピーター・ボグダノヴィッチ監督は過去へのノスタルジック物が大好きで、「ラスト・ショー」で1950年代を描いた後、今度は「ペーパー・ムーン」で1930年代を描きましたが、この映画は白黒スタンダード映画で男と少女という設定はチャップリンの名作「キッド」へのオマージュを捧げた映画になっているのは明らかです。 そして、映画批評家出身で映画オタクでもあるピーター・ボグダノヴィッチ監督が、"古き良き時代の映画よもう一度"という夢を託した映画でもあると思います。 だからといって、古色蒼然と撮っている訳ではなく、カメラ・ワークや編集の仕方は、いわゆる当時のアメリカン・ニューシネマ以後のアメリカ映画の新しさをもっていて、ピーター・ボグダノヴィッチ監督は、非常に斬新で凝った映像作りをしていると思います。 この映画は1930年代のアメリカの不況時代の中西部を舞台に、ライアン・オニール演じる詐欺師の男モーゼとテイタム・オニール演じるアディという少女の心の交流を描く映画で、映画の題名の"ペーパー・ムーン"というのは、当時の有名なヒット・ナンバーの題名となっています。 この映画の実質的な主人公は、母親が他界して孤児となった9歳の少女アディで母親の葬儀に突然現れた詐欺師のモーゼと一緒に、聖書を使って人の善意につけ込む怪しい商売をしながら旅を続ける事になるという、アメリカ映画お得意のロード・ムービーという形をとりながら描かれていきます。 そしてアディはモーゼよりも一枚も二枚も上手をいく天才的な悪知恵を働かせて、モーゼの窮地を救ったりというエピソードが描かれていきます。 当時は未曾有の大恐慌の時代で、子供にとってもサバイバルが大きな問題で、このような悪い時代を軽妙な詐欺で乗り切ろうとする、"シニカルでユーモアたっぷりな設定"が大変うまく生かされ、二人はいい加減な日々を逞しく生きながらも、やがて親子のような絆を作り上げていきます。 カーニバルのアトラクションとして展示されている"ペーパー・ムーン(紙でできた月の模型)でも、信じれば本物の月のように見えるように、いい加減な人生の中にもひとかけらの真実が宿るという事もあるんだよ"という事を映画の作り手たちは、我々観客の心に語りかけて来ているような気がします。 ピーダー・ボグダノヴィッチ監督が、映画の中で1930年代を再現しようとする凝り方は異常なくらい、凝りに凝っていて、映画のロケ地であるカンザス州の田舎町は、南部と中部を中心に8000キロのロケハンをしたあげくに探し出したところだと言われていますし、衣装についても、1930年代の映画でビング・クロスビー、ロバート・テーラー、ジェイムズ・キャグニーなどが着用した撮影用の服もそのまま再使用されたとの事です。 そして、クラシック・カーのラジオやホテルの古いラジオから流れてくるビング・クロスビーの歌やトミー・ドーシー楽団のスウィングなど1930年代のヒット・ミュージックが映画をノスタルジックに楽しく、ワクワクさせてくれます。 この映画の大成功の要因はやはり、撮影当時9歳だったテイタム・オニールのキャスティングにあり、一見すると少年のような容姿ですが、そんな彼女がモーゼが入れ込むグラマーな芸人に対して、ひとりの女としてライバル心を燃やすところの心理描写を実にうまく演じていて、まさに舌を巻く程という形容がぴったりとするくらいの天才的な演技力を示しています。 そして、テイタム・オニールはこの映画の演技で、1973年度第46回アカデミー賞で最優秀助演女優賞を受賞し、同年の第31回ゴールデン・グローブ賞で有望若手女優賞を受賞しています。 テイタム・オニールの9歳でのアカデミー賞の最優秀助演女優賞の受賞は、アカデミー史上最年少での受賞であり、それまでの「奇跡の人」でヘレン・ケラーを演じて16歳で同賞を受賞していたパティ・デュークの記録を破る画期的なものでした。
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