映画ポップコーンの評価
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"国家に翻弄される人間の尊厳を賭けた、孤独な叫びを描いた社会派映画の秀作「ミッシング」" 1982年のアメリカ映画「ミッシング」は、ギリシャの政治家ランブリスキ暗殺事件を描いた「Z」、チェコの"スランスキー事件"の恐るべき実態に迫り、スターリニズムの内幕を暴いた「告白」、ウルグアイでのアメリカ人暗殺事件を描いた「戒厳令」のイヴ・モンタン主演の"政治三部作"を撮ったギリシャ出身の政治色の強い社会派映画の俊英コスタ・ガヴラス監督の作品で、彼がアメリカ映画界で初めて撮った映画です。 この映画は、1982年の第55回アカデミー賞の最優秀脚色賞を受賞し、同年の英国アカデミー賞の最優秀脚本賞、最優秀編集賞を受賞し、また第35回カンヌ国際映画祭で最高賞のグランプリとジャック・レモンが最優秀主演男優賞を受賞しています。 監督のコスタ・ガヴラスは、この映画の製作意図について「この物語で最も素晴らしいのは、この国がいかに自己を批判する能力を持ち合わせているかを示している点だ。 これはアメリカ人が作った。それもラディカルな人たちではない、相当保守的な人たちだ。彼らがこの映画の後ろ盾なのだ。このこと自体、アメリカという国の民主主義と自由主義の最大の証拠だ。」と語っています。 映画は、1973年9月のチリの人民連合のアジェンデ政権が軍事クーデターで崩壊した時に、ひとりのアメリカ青年が突然、失踪します。 政治的な理由で逮捕されたのか、あるいは何かの事件に巻き込まれて殺害されたのか。 このチリのクーデターを描いた映画として、1975年の「サンチャゴに雨が降る」(エルビオ・ソトー監督)がありましたが、この映画はアジェンデ大統領と民衆の抵抗をアジェンデ側から描いていました。 当時のチリのアジェンデ政権は、国民の民主的な選挙によって成立した初めての社会主義政権でしたが、アメリカのCIAは選挙に関与し、影響を与えようとしますが失敗し、遂に軍部による軍事クーデターに直接介入するという手段をとり、クーデターを成就させます。 背景は全く同じですが、「ミッシング」はクーデターに巻き込まれたアメリカ人を描くことで、アメリカの国家的な政治的陰謀を告発する内容になっています。 アメリカ人青年のチャールズ・ホーマン(ジョン・シェア)と妻のベス(シシー・スペイセク)は南米のある都市で暮らしています。 もちろんチリのサンチャゴですが、映画では特定していません。 チャールズは、そこで小説を書いたり翻訳をしたり、近所の子供たちに絵を教えたりしていました。 ところが、軍事クーデターが起こった後、チャールズが突然、失踪し、姿が見えなくなります。 この物語の前半のハイライトともいえる、戦車が出動し、外出者は無差別に銃殺されるクーデターの生々しい緊迫感が、ヒリヒリするようなタッチで迫力満点の映像で描かれていきます。 コスタ・ガヴラス監督の緊迫したドキュメンタリータッチの演出が冴え渡ります。 やがて、チャールズの父親のエドワード(ジャック・レモン)が、息子の失踪の知らせを受け、ニューヨークからやって来ます。 エドワードとベスは、チャールズの行方を捜すべくアメリカ大使館へ行きますが、"息子さんは潜伏しているのではないか"という返事しか返ってきません。 これには何か秘密があるに違いないと感じた二人は、病院や政治犯が収容されたスタジアムへ行き、目撃者の話を聞いていくうちに、失踪の真相を次第に知っていきます。 クーデターの内情を知りすぎたチャールズは、アメリカ大使館の了解あるいは画策のもと、軍事政権によって抹殺されたと思われます。 行方を捜すという、ひとつの目的でエドワードとベスは、行動を共にしているだけで、最初、この二人は全く気持ちが繋がっていませんでした。 しかし、困難な調査を共に続けていくうちに、"互いに深まっていく世代を超えた共感と和解"のプロセスをコスタ・ガヴラス監督は丹念に情感を込めて描いていて、この映画を"奥行きのある見事な人間ドラマ"に仕立てていると思います。 クーデターの背後にある不気味なアメリカの影。 巨大な政治的な陰謀。人民のためという正義の名を借りたファシズムの実態。人間のエゴイズム。 二人の目の前に"現代の厳しい現実"が次々と立ち塞がって来ます。 特に、虚しい捜索を続ける中、サッカー・スタジアムに無造作に山積みされた死体の山を見た時、クーデターの悲惨さを垣間見たエドワードの心境に変化が訪れます。 当初、エドワードは、息子や息子の嫁をあまり良く思っていませんでした。 彼には実業家としての地位や財力もあり、アメリカ政府を信じる一般の常識的な国民でした。 しかし、必死になって夫を探すベスと接することによって、本当の息子の真の姿を知るようになります。 それと同時に"国家の利益"を名目に、息子を抹殺した"国家権力"への激しい怒りを爆発させていくことになります。 監督のコスタ・ガヴラスの"国家権力とは何のためのものなのか。 果たして国民ひとりひとりを守るための存在なのか。 いや、国家そのもののための権力の行使ではないのか"という、激しい怒りにも似た厳しいメッセージが伝わってくるようです。 エドワードを演じた名優ジャック・レモンの、体の奥底からほとばしり出るような、魂を揺さぶる演技には唸らされます。 「息子の生死だけでも知りたい!」と全身全霊を込めてふりしぼるように言うジャック・レモンの目に、いつの間にか涙がじっとたまっています。 カンヌで絶賛された、彼の演技を通り越した、生の人間の悲痛な心の叫びがひしひしと伝わって来ます。 共演のシシー・スペイセクも、義父のエドワードにそっと寄り添う演技で、静かな中にも心の内側には激しい怒りと哀しみを秘めた、ひとりの女性の表情を見事に表現しています。 そして、エドワードが映画のラストシーンで空港に送りに来た、アメリカ大使館員に対して、「アメリカは君たちを許しておくほど甘くはないぞ」と告訴する意思を告げたのに対して、アメリカ領事が「それはあなたの自由(free)です」と答えるのを強く制して、「いや、それは私の権利(right)なのだ」ときっぱりと言うシーンは、アメリカの良心を示していて、このシーンにこそコスタ・ガヴラス監督の最も伝えたかったテーマがあるのだと感じました。 この映画が、ニューヨークで公開される直前に、まともに糾弾された形のアメリカ国務省は、この映画の内容は事実無根であるとして長文の声明文を発表したそうです。 これに対して、コスタ・ガブラス監督は「ここに描かれていることはフィクションではない」と正式に反論し、また、弁護士であり、この映画の原作の作者でもあるトマス・ハウザーは、そのあとがきの中で「私はチャールズ・ホーマンの死をめぐる事件の、公平かつ正確な再構成であると確信している」と書いています。
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