シンプルで心暖まるロード・ムービーの秀作
2024年2月6日 23時30分
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総合評価:
5.0
この映画「ストレイト・ストーリー」は、旅を続ける事で、自分の人生に決着をつけようとする、ひとりの老人の姿を通して、人間の生きる意味を淡々と問いかける珠玉の名作だと思います。
この映画「ストレイト・ストーリー」は、実話をもとに「ワイルド・アット・ハート」の鬼才デヴィッド・リンチ監督が、それまでの作風と180度違う、シンプルで心暖まるロード・ムービーの誕生は、多くの映画ファンを驚かせた事でも有名で、何度観ても、本当に心に残る珠玉の名作だと思います。
10年来仲違いをしていた兄が心臓発作で倒れたと知った73歳のアルヴィン(リチャード・ファーンズワース)は、和解するために、何と時速8kmのトラクターで560km離れた兄の暮らすウィスコンシン州へと6週間の旅をするのです----。
映画を観終えた後、アメリカの地図を見てみると、出発したアイオワ州のローレンスから、目的地のウィスコンシン州のマウント・ザイオンまでの道程を確認した時、あらためて感動が心の底から甦って来ます。
トウモロコシ畑の中の一本道を、ひたすら真っ直ぐに進むだけのシンプルな物語は、まさにストレイトなストーリーになっていると思います。
主人公のアルヴィン爺さんが旅先で出会う人々との交流は、まさに、"一期一会"の精神にも合致するもので、何ともほのぼのと心がじんわりと暖まって来ます。
ぶっきらぼうだが、確固とした信念に基づいて人生訓を語り掛ける彼のその姿には、嫌味のかけらもなく、実に素直に、自然に聞けてしまうから不思議です。
それは、何よりもアルヴィンを演じるリチャード・ファーンズワースの存在抜きでは考えられません。
彼の演技を超越した名演技は、この老主人公の背負ってきた人生の年輪の重みを感じさせてくれます。
また、ベテラン・カメラマンのフレディ・フランシスによる、壮大な俯瞰シヨットで捉える"アメリカの原風景"は、ため息がこぼれるほどの美しさです。
ノロノロと進むトラクター。ゆっくりと進む事で初めて見えてくるものがあるのです----。
空の大きさ、星の美しさ、自分自身の人生----。
考えてみれば、この長い旅路は、アルヴィンの人生そのものなのかも知れません。
頑なに独立独歩で旅を続けるアルヴィンは、この旅で自分の人生に決着をつけようとしているのかも知れません。
そこには、何かをやり遂げる事で、自分の生きてきた証を残そうとする、力強い気骨というものを感じてしまいます。
そして、バスにでも乗れば早いところを、敢えて苛酷な野宿の旅を選択したアルヴィンの実直さに、思わず目頭が熱くなって来るのです。
長い旅路の果て、アルヴィンは兄と再会します。
アルヴィンの心の中では、和解なんてもうどうでもいい。
ただ子供の頃のように、二人一緒に夜空の星を見上げていたい。そんな二人の間には、もはやどんな言葉もいらないのです。
ここで、カメラがスッと立ち上がり、満天の星空を映し出すのです----。
私が今まで観て来たたくさんの映画の中でも、指折り数えるほどの美しいエンディングだったと思います。
この映画を観終えて、再び思う事は、この映画は本当に、あのデヴィッド・リンチ監督の映画なのだろうかと----。
実際、これまでにリンチ監督が真正面から描いてきた暴力や狂気は、映画の背後に塗り込められ、驚くほどヒューマンな感動作に仕上がっていると思うのです。
しかし、世の中の"ダークサイド"を抉り出してきたリンチ監督が、"ブライトサイド"も含めた表裏一体の世界感を持っているのは、何も不思議な事ではなく、むしろ、世の中には昼と夜があるように、当たり前の事なのかも知れません。
それ以上に、実話としてのアルヴィン・ストレイトという一人の人間の偉業の前では、作り手であるリンチ監督の個性や作為的な演出など、もはや蛇足なのかも知れません。
とはいえ、奇をてらわない、さり気ない演出は、やはり確かな技量を持つデヴィッド・リンチという名監督だからこそ、なせる業なのだと思います。
なお、この映画は1999年度のニューヨーク映画批評家協会賞の最優秀主演男優賞と最優秀撮影賞を受賞しています。