ひとり狼
大映映画「ひとり狼」は、村上元三の原作を池広一夫監督、市川雷蔵主演で映画化した、正統派股旅映画の佳作だ。 博奕も剣の腕も凄い、人斬り伊三蔵(市川雷蔵)は、行き倒れの博徒の子として生まれ、拾われた武家の家でその娘と恋に落ち、ついに女に裏切られ、婿である武士を傷つけ、凶状持ちとして逐電し、ヤクザになったという暗い過去を持っている。 しかし、いったんヤクザに身を落とした彼は、全ての目的と欲望を捨て、義理人情というよりは、あらゆる様式にはめこんだ、非人間的な完璧なヤクザになりきろうとする。 風のように人を斬り、風のように去っていく人斬り伊三蔵の道中姿は、旅人の本質である虚無的な姿勢を、これまでになく美しく本格的に捉えていると思う。 加藤泰監督の「沓掛時次郎・遊侠一匹」や山下耕作監督の「関の弥太っぺ」が、同じ本格的なヤクザを描きながら、彼の心の底に眠る静かな情感を、ロマンチシズムの中で、巧みに描き出したのとは違い、この「ひとり狼」は、あくまでも非情に硬質に主人公を流れさせる。 それは後に登場する「木枯し紋次郎」の世界に似て、冷たく研ぎ澄まされた、テロリスト的なアウトローの孤独な姿を描いている。 既成のあらゆるものを信じなくなった一人の男が、儀礼的な儀式のみにすがることによって、自己を守っていく姿は、混乱した状況の中における一つの生き方なのかもしれない。 情も捨て、信奉も捨てて、流れることにのみ行動の意味を把握しようとする、永久流転の”ひとり狼”は、かつてのビートとかヒッピーとか言われたような時代風俗者たちとは違い、永久に自己を大切にしようとする楽天主義者なのかもしれない。 だが、これが時代劇映画、しかも股旅ものとなると、東洋的無常感が介入して、先覚的な行為者の姿に見えてくるのは、それが虚構の世界であるだけの理由だろうか。 いずれにせよ、この映画は過去の「沓掛時次郎・遊侠一匹」や「関の弥太っぺ」のように、情感に潜り込もうとすることなく、一見つかみどころのない混乱した状況を、冷たく様式化し、風景にのみ生きようとする直線的な行為者を描いたことによって、股旅ものの傑作になっていると思う。 そして、この人斬り伊三蔵に扮する市川雷蔵は、折り目正しい、端正な演技で、時代劇スターとしての貫禄を示し、下層アウトローの庶民的ニヒリズムを見事に演じ、晩年の代表作になったと思う。
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