小間使の日記
1930年代半ば、右派と左派の対立が激化するフランス。モンテイユ家の田舎屋敷に、パリからやって来た魅力的な女性セレスティーヌが小間使いとして雇われる。そこには、家の実権を握る妻と性的欲求不満を狩猟で紛らわす夫、妻の父で婦人靴を異常なほどに愛する老人、粗野な下男らが暮らしていた。ある日、近所で恐ろしい殺人事件が起こり……。モンテイユ家をフランス社会の縮図に見立てながら、ブルジョワ風刺と社会批評を込めて描く。
ルイス・ブニュエル監督の「小間使の日記」は、最もブニュエル監督らしく、また最も彼の作品と異なっているように思える。 淡々としたストーリーのなかに、彼独特のエロティシズムと死の匂いがある。 フランスのノルマンディー地方の、あるブルジョワ家庭の小間使・セレスティーヌに扮する、フランスを代表する名女優ジャンヌ・モローは、決して好感の持てない女を、怪しげなエロティシズムを漂わせつつ演じている。 一地方のブルジョワ家庭を、小間使の目を通して描いているのだが、そこには様々なアブノーマルな世界が展開していく。 冷感症でセックスを拒んでいる女主人。 彼女は、小間使のセレスティーヌが、香水をつけているだけでも、いらついて注意する。 そういった、普通の小間使ではない、世慣れた女をジャンヌ・モローは好演しているといっていい。 夫人からセックスを拒まれている、ミシェル・ピッコリ扮する夫のモンティユは、精力を持て余し、それを狩りに出る事で癒している。 当然のように、セレスティーヌにも言い寄るのだが、相手にされない。 モンティユの舅のラブールは、靴フェティシストで、セレスティーヌに自分のコレクションの靴を履かせたりして興奮するといった有様だ。 とにかく、変な人がいっぱいなのだが、これがブニュエル監督の手にかかると、実に芸術的でエロティシズムを感じさせるのだ。 この作品で重要なのは、セレスティーヌともう一人の、ジョルジュ・ジェレ扮する下男のジョゼフだろう。 二人ははじめから憎み合っているのだが、それはどこか近親憎悪に近い。 確かに二人とも、ただ従順に主人に仕えていないところは、よく似ている。 この映画で、一つだけ、セレスティーヌが女の意地を見せるシーンがある。 ジョゼフが、村の少女を強姦して殺害した時だ。 彼女は、自分の肉体をジョゼフに与えてまでも、彼から殺人の証拠を摑もうとする。 森の中で殺害された少女の足に、蝸牛が這うシーンには寒気がする。 痛々しく、鮮烈なシーンとして忘れられない。 しかし、そこには一つの、少女へのブニュエル監督のメタファーも感じられた。 どこかで人間を愛せないでいる人たち、セレスティーヌと、ジョゼフはまさにそんな人間だった。
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