王女メディア
イオルコス国王の遺児イアソンは、父の王位を奪った叔父ペリアスに王位返還を求める。叔父から未開の国コルキスにある〈金の羊皮〉を手に入れることを条件に出され旅に出たイアソンは、コルキス国王の娘メディアの心を射止めて〈金の羊皮〉の奪還に成功。しかし祖国に戻ったイアソンは王位返還の約束を反故にされ、メディアと共に隣国コリントスへ。そこで国王に見込まれたイアソンは、メディアを裏切って国王の娘と婚約してしまう。メディアは復讐を誓い…。
この映画は、女の"怨念"のドラマだ。 もっと遡って、女というもの、母というものの原型を描いていると言ってもいいと思う。 原型だから、いっさいの夾雑物や、現代的な見せかけや、複雑さをはぎとって、女そのものがむき出しになる。 女の恐ろしさと悲しさと、女の愛の業の深さとが、異様な美しさと緊張で、観ている私の胸に迫ってくる。 それほど、息苦しいまでの凄みで、目がくらみ、打ちのめされるような映画だ。 この映画は、「奇跡の丘」や「アポロンの地獄」や「テオレマ」等の問題作を撮ってきた、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督の作品だ。 例によって、荒涼たる砂塵に、パゾリーニ的な古代世界が現出する。 ギリシャ悲劇や神話で知られる王女メディアを演じるのは、イタリアの世界的なオペラ歌手のマリア・カラス。 マリア・カラスと言えば、億万長者のオナシスの愛人でもあった、欧州きっての"誇り高き女性"として有名だった人だ。 そのマリア・カラスが、狂おしい愛と、裏切られた女の遺恨と怨念とを、炎と燃やし噴出させるのだ。これは実に見ものだ。 そうしたメディアが、最初に登場するのは、バラバラ殺人の場だ。 兵士たちが旅の若者を捕えて磔にし、締め上げた首をバサリと斬り落とすと、あとは屠殺場みたいに、胴体を八つ裂きにする。 待ち構えていた村人たちは、その血と肉片を手に畑に走り、大地や作物になすりつける。 こうして、神にいけにえを捧げ、豊作を祈るのだ。 この残酷極まりない野蛮な儀式を、眉ひとつ動かさずに司る王女メディアは、だがイアソンと出会ったとたんに、バッタと倒れる。 彼のあまりの美しさに失神したのだ。 この瞬間から彼女は、狂おしい恋の虜になってしまうのだ。 このイアソンを演じるのは、メキシコ・オリンピックの三段跳びで銅メダルを獲得した、イタリア陸上競技界のスター、ジュゼッペ・ジェンティーレだ。 はるばる苦難の旅を続けてやってきたイアソンは、この国の宝物"金毛羊皮"を手に入れたい。 それを知った王女メディアは、神殿から"金毛羊皮"を盗み出し、彼と手をたずさえて逃げるのだ。 そして、逃げる途中の馬車で、彼女は同乗していた実の弟の頭上にナタをふり下ろして殺害し、首、足、手をバラバラに切って、路上に放り捨てる-------。 追っ手がそれをかき集めているうちに、逃げ切ろうというわけだ。 なんとも凄惨で、鬼気迫るショック場面だ。 そして、十年後、コリントス国に移り住み、今はイアソンとの間に二人の子供までできて、平和に暮らすメディアは、思いもかけぬ夫の心変わりにあってしまう。 彼は国王に見こまれて、その娘の婿に迎えられることになってしまうのだ。 嫉妬の鬼と化したメディアは、復讐のために魔力を使う。 彼女は、相手の王女に呪いをかけた結婚衣装を贈り、それを着た王女は、発狂して城壁から飛び降り、父王もまた後を追い、無惨な死をとげるのだった。 それにもまして、底知れぬ恐ろしさに観ている私を引きずりこむのは、メディアが愛する二児を殺す場面だ。 彼女は、子供たちを、静かに優しく、母の愛をこめて、最後の湯浴みをさせる。 自ら手を下す場面は描かれない。けれど、血塗られた短刀と、幼い兄弟の唇の端ににじむ血と、そして青白い半月の静寂と、やがて射しこむ朝日の輝きとが、この凄絶な"子供殺し"の無言の恐怖を、芸術的なイメージに昇華するのだ。 さらに彼女は、わが子の亡骸さえ夫に渡そうとせず、しっかり両わきにかき抱いたまま、館もろとも炎に包まれて、その炎の中から最後の憎悪を夫に投げつけるのだ。 女の執念とは、かくもおぞましい。 そして、何千年たっても変わらず、誰の内にも潜んでいることは、なお悲しい。
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