フランス映画の魅惑をたっぷり味わえる作品
2024年2月1日 19時07分
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総合評価:
4.0
フランソワ・トリュフォー監督の「終電車」は、フランス映画の魅惑をたっぷり味わえる作品だと思います。
この映画の原題は「地下鉄の最終電車」。甘く、哀しい響きを持った、なかなか良い題名ですね。
でも、その裏側には、もっと厳しい意味が隠されています。
第二次世界大戦下のパリ。ナチス・ドイツ軍に占領されていた、この街では、市民の深夜の外出は厳禁だった。
人々は、地下鉄の最終電車に何としてでも乗ろうと、駆けこんでいた時代だ。
この映画の原題は、ここから来ていますね。
一つの時代を語る題名であると同時に、ギリギリの土壇場に来ている人々の物語という暗示でもあるのです。
この時代は、食糧は乏しく、暗い暗い毎日。人々は、心の糧を求めて、演劇に押し寄せる。
そんな劇場の一つであるモンマルトル劇場。
有名な演出家でもある、この劇場の持ち主は、ユダヤ人であるが故に、地下に身を潜めている。
表向きは、パリから脱出したと噂を流して。
その彼の指示を受けながら、劇場を切り回し、新しい戯曲の上演に情熱を賭けているのが、女優でもある演出家の妻なのだ。
針子から拾われて、夫に育てられたこの女優は、地下の夫に比べて、パッと周囲を明るくするほどの若く美しい女性だった。
その彼女が、年下の相手役の青年に、いつの間にか、心が惹かれていくのだった。
決してベトベト哀しく見せる三角関係ではない。
むしろ彼女は、表情や姿態の中に、彼への思慕を見せようとはしない。
逆に、冷たく、そっけない。ところが、彼女の気持ちを一番最初に見抜いてしまうのが、地下生活を続けている夫なのだ。
この設定は、あの「カサブランカ」を思い起こさせるものがあります。
夫の中に、知的な男の理想を見て、一方、行動的な男の理想を、もう一人の男性に発見する女性。
「カサブランカ」で、イングリッド・バーグマンが演じた女性像に重なって見えてきます。
共に大戦下の極限状況だからこそ、"女の真実"が透視されのだろうか。
この女優を演じているのが、当時フランスのトップ女優だったカトリーヌ・ドヌーヴ。
かつて若い頃は、お人形さん的な美しさだった、この女優が、この映画では、内側に熱い血のときめきを感じさせて、女の魅惑を見事に見せてくれる。
かつて、フランス映画界を代表した大女優、ダニエル・ダリュー、ミシェル・モルガン、ジャンヌ・モローと並んで、確実に歴史に残る大女優になっている事を確信させますね。
相手役の青年は、レジスタンスに身を投じ、地下の夫にもゲシュタポの手が迫って来る。
ナチスの御用評論家、映画スターを目指す新人女優。
様々な人間群像を散りばめながら、フランソワ・トリュフォー監督の演出は、決して濡れるではなく、むしろ乾いた、さりげなさで、時代と人間を撮っていくのです。
一種の風俗映画とみる事も出来るのですが、その底にギラギラする人間の強さが、隠されているのが、この映画の面白いところだと思います。
哀しみの終幕と思いきや、もう一つひっくり返して見せる、ラストのカトリーヌ・ドヌーヴの姿に、堂々たる女のエゴイズムが見えたり、劇場を追われかける演出家が、"劇場は私のもの、出て行かない"と言うあたりには、フランス人の鮮烈な意志と逞しさが表明されていると思います。