映画ポップコーンの評価
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ヴィットリオ・デ・シーカ監督の抑制のきいた演出が、長い歳月を経た、ある時代への青春追想の哀歌を静かに謳いあげた「悲しみの青春」。 抑えに抑えて、だが、切なさあふれるばかりの青春追想のエレジーである、「ふたりの女」「ひまわり」の名匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督が描いた「悲しみの青春」。 原作は、ユダヤ系のイタリア人作家ジョルジョ・バッサーニの小説「フィンツィ・コンティーニ家の庭」で、その原作は、ヒロインのミコルに捧げられているから、これは明らかにバッサーニ自身の物語であろう。 最初に字幕が出る"フェルラーラにて、一九三八年---四三年"。北イタリアのエミリア地方のフェルラーラは、中世の城壁に囲まれた"美しい墓"のような町だ。 その町の中に、さらに孤立するかのように、果てしなく続く堀をめぐらせて、フィンツィ・コンティーニ家の広大な庭と屋敷がある。 青年ジョルジョ(リーノ・カプリッキオ)にとって、コンティーニ家の庭は、幼い頃から憧憬であり恐れであり、光であり、触れ得ざるものであった。 彼は十年かかって、やっとこの庭に立ち入ることを許されたのだった。 それは、コンティーニ家の娘ミコル(ドミニク・サンダ)の、ほとんど気まぐれといっていい"招待"によるものだった。 夏の終わり、というより、むしろ秋色濃い日であった。 町のテニス・クラブの若いメンバーたちと、はじめてミコルに呼ばれて、彼はコンティーニ家のコートでテニスに興じるのだった。 そして、その日から、ミコルとの交際が復活した。 彼女は、昔と変わらぬ好意を見せるのだった。そして、昔の思い出を懐かしむのだった。 二人は幼馴染であった。といってもミコルは、町の学校に通学しなかった。 自宅研修生として、年に何度か、試験の時に学校に姿を現わすだけだった。 馬車に乗ってやって来る、この小さな王女さまへの憧れ。 教会での出会い。じっと自分に注がれた彼女の視線を、あの胸のときめきを、今もジョルジョは忘れない。 そうした幼い日の回想の断片が、透明な美しさでよぎるほどに、ジョルジョは、ミコルへの愛の想いを切なくかきたてられるのだった。 親しみを込めて、まるで恋人のように振る舞いながら、だが彼女はジョルジョの求愛をはぐらかし拒絶する。 そして、ついに彼は見てしまうのだ。 ミコルが、彼女の弟アルベルトの親友であり、ジョルジョの心の友ともなったマルナーテ(ファビオ・テスティ)と結ばれた現場を。 こんなふうに荒筋だけを追っていくと、ありふれた青春の失恋のドラマになってしまう。 だが、コンティーニ家も、そしてジョルジョの一家もユダヤ人である。 その宿命の重みが、一九三八---四三年という時代と相まって、哀絶の調べを奏でるのだ。 同じユダヤ人だが、コンティーニ家は"特別"であった。 ジョルジョの家も、かなり裕福だが、大地主コンティーニ家はケタ外れのブルジョワであり、同時にその貴族性のゆえに、彼らは町のユダヤ人社会からも孤絶した、別世界の"異人種"だったのだ。 ユダヤ人の自意識を持つジョルジョが、ミコルに強く惹かれたのは、彼女がユダヤ人らしからぬユダヤ人であったからだろう。 けれどミコルは、ジョルジョが自分と同じ運命共同体であることを、本能的に察知していたのだ。 ユダヤ人の現在と未来に忍び寄る"死の影"を予知して、だから、彼女が愛したのは過去、いとしく甘美で神聖な、幼い日の幻影だけであったのだ。 次第に吹き荒れるナチズムの嵐は、ユダヤ人家族から平和を幸福を、人権を財産を、そして愛を青春を、奪っていくのだ。 はじめはテニス・クラブや図書館からの追放といった差別は、やがて強制逮捕となっていく。 もはや、コンティーニ家の人々といえども例外ではなかった。 ミコルと近親相姦の匂いさえ漂わせた、病的な弟アルベルト(ヘルムート・バーガー)は、高熱にあえいで病死し、彼女が絶望的な愛を結んだコミュニストのマルナーテ青年は、ソ連戦線に召集されて戦死してしまう。 そして、両親と引き離されたミコル。息子たちと妻を逃がしたジョルジョの父。彼らの行く手に待っているのは、収容所であり、死であった-------。 昂まる悲痛のメロディは、やがて、あの光と影の青春の庭、テニス・コートの白い若者たちの優しさに溶け込んで、かき消える。 ヴィットリオ・デ・シーカ監督の抑制のきいた演出が、数十年の歳月を経た、ある"時代"への青春の哀歌を静かに謳いあげるのです。
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