勇気ある追跡
殺された父親の復讐を果すため、14歳の少女マティに雇われた保安官のコグバーンとテキサス・レンジャーのラ・ボーフ。3人は敵を探す旅に出る。片目の酔いどれ保安官をジョン・ウェインが演じた傑作ウエスタン。
この映画「勇気ある追跡」は、西部劇の大スター、ジョン・ウェインに初のアカデミー主演男優賞をもたらした記念すべき映画です。 「ネバダ・スミス」、「エルダー兄弟」などの娯楽映画のベテラン職人監督のヘンリー・ハサウェイがメガホンを撮ったこの映画は、ジョン・ウェインの数ある西部劇の出演作の中でも異色の西部劇といえると思います。 黒いアイパッチをつけ、粗野で大酒飲みの保安官というキャラクターで、珍しく汚れ役を演じています。 ジョン・ウェインは1959年の「リオ・ブラボー」(ハワード・ホークス監督)以降、それまでの精悍で立派なイメージに執着する事をやめて、実際の自分の実年齢と体型にふさわしい役柄を演じるようになっていたため、この映画のような汚れ役は初めてだと思います。 彼は1964年頃から、癌と闘いながらタフでたくましい西部の男を演じ続けて来ましたが、今回の1969年の「勇気ある追跡」で初の汚れ役に挑戦して、それを見事に演じきり、今まで過少評価されていた演技力を広く認めさせる事になったと思います。 原作はチャールズ・ポーティスが1968年に発表して、米国で大ベストセラーになった「トゥルー・グリット」で、アメリカ現代文学史に残る名作として現在も長く読み継がれている小説です。 14歳の時、父親を悪党に殺された女性の一人称形式の小説で、成長した彼女の視点から振り返られた過去の物語という設定で、少女時代のキム・ダービー演じるマティに復讐の助っ人として雇われるのが、ジョン・ウェイン演じるルースター・コグバーン保安官で、彼は元南軍の無法ゲリラ部隊の一員で銀行強盗も働いた事もあるという、複雑な過去を持つ、クセのある人物像になっています。 ジョン・ウェインが画面に登場すると、彼の映画の中での過去の異常でダーティな体験が、そのまま彼の体全体からにじみ出ているような男を、勝気で向こう見ずな少女マティが助っ人として雇う映画の最初のシーンに我々観る者は映画的なワクワク感と共に、魅力的な映画の世界にスーッと引き込まれてしまいます。 まるで、”少女マティの紡ぎだす夢の世界のような、非現実的で、心躍る展開”になって来ます。 助っ人としてもう一人、テキサス・レンジャーの若者のカントリーミュージックのスターのグレン・キャンベルが演じるラ・ビーフの三人で、父親殺しの犯人のトムの追跡の旅に出るというスリリングな物語が展開していきます。 この映画の白眉はなんといっても、映画ファンの間で伝説的な名場面として語り草になっている、クライマックスの馬上のコグバーンが、口に手綱をくわえ、ライフルと拳銃で応戦しながら、悪党一味の中に突っ込んで行く場面ですが、しかし映画ファンの大向こうをうならせる、その死闘の場面だけではなく、そこに至るまでの三人の追跡の旅の過程も味わい深く、興味深いものがありました。 三人三様に向こう意気が強く、最初は互いに罵り合っていましたが、旅を続け、共に闘ううちに、お互いの心を開き、やがて本当の親子のような関係になるというエピソードには、ヘンリー・ハサウェイ監督、なかなかやるなという印象を強く持ちました。 原作の小説を先に読んでから、この映画化作品を観ましたが、原作の小説がそうであるように、この映画のこのようなデリケートな味わいのエピソードというものは、結局、少女マティの見た夢のような印象を与えます。 原作者のチャールズ・ポーティスも、父親を亡くした少女マティの”無意識的な願望が生んだファンタジー”として構想されていたような気がしてなりません。 そう言えば、後年の2010年にこの映画のリメイク作品である「トゥルー・グリット」(ジョエル&イーサン・コーエン監督)も一種のファンタジーである事を強調して映画化されていましたが、イーサン・コーエン監督も「トゥルー・グリット」の製作意図として、「現代人には非常にエキゾチックに感じられる世界に、14歳の少女が入り込んでゆくという点で”不思議の国のアリス”のような作品でもある」といみじくも語っていたのが、この事を象徴的に言い表わしていると思います。
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