従来のアクション映画と一線を画す魅力のある映画
2024年2月16日 15時25分
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総合評価:
5.0
嵐の海で救助された男の背中には、銃弾の痕が。
その男は、記憶が全くなく、皮膚の下に埋め込まれたマイクロチップに、スイスの銀行口座が記されていた。
そこで彼は、ジェイソン・ボーンという自分の名前を知り、数種のパスポート、多額の現金を発見する。
そして、驚く間もなく、何者かに命を狙われるのだ。
その後、マリーという女性を道連れに、逃避行を続けながら、自分の過去を探る事になるのだが--------。
「バイオハザード」や「ロング・キス・グッドナイト」などは皆、特殊な能力を持った人物が、記憶を無くすという設定の物語だった。
これらの作品が、"主人公は何者か?”を一番の謎とするのに対して、この「ボーン・アイデンティティー」では、主人公のジェイソン・ボーンが、実はCIAのエージェントだという事を我々観る者は、最初から知っている。
なぜ追われているのか、執拗に命を狙われる理由さえも、物語の途中で察しがついてしまうのだが、記憶は無くしても、身体が覚えている語学力や戦闘能力を駆使して、活躍する様が実に痛快だ。
それまで、繊細で知的な役柄が多かったマット・デイモンが、逞しく生まれ変わり、非常に魅力的だ。
無駄のない動きで相手を倒し、切れ味のいいアクションを披露する。
とはいえ、知性派の名に恥じず、ただ銃をぶっ放すだけではなく、様々な小道具を使って、追っ手を振り切るのだ。
無線を奪って、情報を収集し、ビルの内部の地図を見ながら、逃走経路を練り、電話のリダイヤルで敵の正体を探るのだ。
銃を使うのを本能的に避けるこの作戦は、単に頭脳戦というだけではなく、主人公の性格付けにも通じている。
記憶を無くした上、命を狙われる。
その不安は想像して余りあるが、マット・デイモンのどこか頼りなげなルックスが、この役柄にぴったりマッチすると思う。
あの幼い顔で、バッタバッタと敵を投げ倒し、激しいカーチェイスやビルの絶壁からダイブまでも披露してくれるから、サービス満点だ。
パリの街の複雑な路地や石畳で繰り広げられるカーチェイスの主役は、小回りが効く、真っ赤なミニ・クーパー。
実際のスピードを考えると、逃げ切れるかは疑問なのだが、この車は劇中のマスコットのような存在だ。
ヒロインを演じるのは、「ラン・ローラ・ラン」で鮮烈な印象を残したドイツ人の女優フランカ・ポテンテ。
彼女が演じるマリーもまた、欧州を放浪しながら、自分自身を探している人間なのだ。
この女優は、中性的な雰囲気でとても好演なのだが、惜しむらくは、マリー自身の役の設定に、もうひとひねり欲しかったような気がします。
いくらなんでも、素人すぎるので、足手まといの感は否めない。
だから、最後まで行動を共にできず、途中でボーンと離れなければならないのだ。
しかし、逃避行の合間に見せる、二人の短いラブシーンは、とても秀逸で、ボーンが彼女を変装させる為に、バスルームでマリーの髪を切る場面は、非常に印象深いものがある。
そして、主人公は次第に、自分が恐ろしい陰謀に加担していたことを知る事になる。
かつては、非情な任務をこなし、優秀なエージェントだった彼が、追われる事になる原因は、その根本に潜む彼の性格にあるのだ。
自分自身を認識し、その可能性を知るのは、人間の普遍的な願いだ。
主人公ボーンは、記憶を失った事で、半ば強引に、"自分探しの旅"をする羽目になるが、その中で彼が持つ、本来の人間らしさが、ボーンを生まれ変わらせようとするのだ。
かつての自分を知ってなお、変わろうとするひたむきさ。
ここに、この映画が従来のアクション映画と一線を画す魅力があるのだと思う。