エイリアンを「難民」として描いた、SFに名を借りた政治寓話
2024年2月9日 10時33分
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総合評価:
5.0
監督、キャストとも無名でありながら、アカデミー賞で作品賞など4部門でノミネートされた「第9地区」。
この映画「第9地区」は、人によってはB級SFコメディー、他の人には気味の悪いグロテスクなホラー、私にとってはSFに名を借りた"政治寓話"なのです。
エイリアンを「難民」として描いた異色のSF映画で、その設定の妙が光っている。
受賞こそならなかったが、独創性なら、その年の作品賞に輝いた「ハート・ロッカー」に勝るとも劣らないと思う。
巨大な宇宙船が南アフリカのヨハネスブルクの上空に停止した。中にいた異形の宇宙人は衰えきって、戦うどころじゃない。
宇宙人は地上に移され、隔離されたコロニーに閉じ込められた。そして、その状態が20年も続き、宇宙人の強制退去が開始される。
宇宙船は「インデペンデンス・デイ」にそっくりだし、巨大化した虫のような宇宙人は「エイリアン」の末裔。
でもこの宇宙人、この映画では姿形は薄気味悪くても、中身はアメリカ先住民のように力なき民なのです。
この後は、強制退去の先頭に立った主人公が、ふとした偶然からエイリアンに変身して人類に立ち向かうことになるのです。
古くは、アーサー・ペン監督の「小さな巨人」、最近だと「アバター」でお馴染みの展開になるのです。
この映画は、先住民を追い払う先頭に立ったはずの主人公が、先住民とともに戦う「アバター」の親戚みたいなものだ。
「アバター」のパンドラ星は美しかったし、ナヴィ族だって慣れてみると結構、綺麗だったんですが、パンドラ星を巨大なスラムに、ナヴィ族を「エイリアン」のグロテスクな化け物に入れ替えると、この映画になると思うのです。
もちろんこれは、一見、B級SFコメディーのように見えますが、舞台が南アフリカなので、かつての"アパルトヘイト"を念頭に置いて、人種差別や移民迫害を、このように被差別者をエイリアンに置き換えて、痛烈に諷刺した社会派映画なのだ。
言葉も姿も異なる人たちには、ある種の恐怖を抱くのが普通ですが、普通の感情で暮らすなら、他者の排除に終わってしまいます。
そんな事やって大丈夫なのという思いが欧米圏では切迫しているので、この「第9地区」がアカデミー賞の候補にもなったのだと思う。
助けられ、難民として隔離された彼らは、野蛮で不潔な「下級住民」として、人類から蔑視されるようになる。
果たして人類とエイリアンは共存できるのか? ------。
物語は後半、ある事件をきっかけにエイリアンと人類の戦いに発展する。
そして、ニール・ブロムカンプ監督は、ニュースやインタビューの映像を織り込んで、ドキュメンタリータッチに仕上げている。
おかげで、突拍子もない物語が、不思議と臨場感にあふれ、手に汗握る場面も多くあり、ラストシーンにはほろりとさせられた。
何だかつかみどころのない感じもするけれど、作り手たちの発想力に素直に脱帽させられた。
SFはSFでも、「スターシップ・トゥルーパーズ」のような、メイン・ストリームから外れたところで、私が偏愛するカルト映画の貴重な1本になったのです。