燃えよドラゴン ディレクターズ・カット版
人生の中で大きな衝撃を受けるほどの出来事と言うのはそうそうあるもんじゃない。 自分にとって、そんな数少ない出来事の一つに、ブルース・リーとの出会いがある。 当初、ジャッキー・チェンのファンだった自分は中3の時、試写会で 「ドラゴン怒りの鉄拳」(リバイバル)を観に行った。 目的は、ジャッキーがスタントで出演しているからだった。 ところがこの映画は予想外の衝撃を与えてくれた。 とにかくブルース・リーがカッコ良かったのだ。自分の中の何かが壊れ、 そして新しい何かが再構築されていくのが分かった。 しかしふと考えてみた。日本初公開はもちろん「燃えよドラゴン」であり、 リアルタイムで観てはいないものの、テレビでは何度も放映されているので 一応鑑賞済みだった。それなのに、「燃えよ~」を観た時は それほどの影響をうけず、「怒りの~」を観た時は体が震えるほどの 感動・興奮を味わった。それは単に映画の内容のせいなのであろうか。 それとも何か運命的なタイミングだったせいなのであろうか。 気になって、「燃えよ~」を観直してみた。 そこで一つ、はっきりと分かった事がある。 それは、 「燃えよドラゴン」には、適正なショットがほとんど存在していない という事だった。 簡単に言えば、ブルースのアクションがカッコ良く撮られていない、という事だ。 おそらく最も適正に撮られているのは、オハラとの決闘シーンでの最初の一撃であろう。 手を合わせ、パクサオ→右リードをコンマ何秒という超絶の速さで顔面に打ち込むという、有名なシーン。 ほぼフルショットの横構図。これは良い。しかし直後の後ろ回し蹴りは カメラの位置が悪い。他の映画では、後ろ回し蹴りは全てカメラに向かって 弧を描くように撮られているのだが、このシーンではその定石とははずれ、 逆向きから撮られている。ダメとは言い切れないが、決して良くはない。 オープニングのサモ・ハン・キンポーとの対戦や クライマックスでの潜入シーンでは、どう観てもカメラは寄り過ぎだ。 それがかえって味を出している所もある (エレベーター前で手技のみで応戦するシーン)ものの、 効果を狙って撮っているとは到底思えない。またブルースの持ち味である、 美しいハイキックもない。 ラストのハンとの死闘は論外だ。 「燃えよドラゴン」が公開されるまで、決闘シーンと言えば 酒場での殴り合いのような、ドスンバタンという大味のものしかなかったので、 当時はこれが衝撃的だったのはよく分かる。しかし今改めて観ると、 ブルースの映画の中では、最もアクションがつまらない映画なのだ。 アクション監修はもちろんブルース本人なのだが、 さすがにカメラ位置の指定については他のシーンとのバランスもあるので 完全にはコントロールしきれていない様子だ。 つまるところ、監督のロバート・クローズがアクションの撮り方を よく分かっていないのが一番いけない。この監督はその後もパッとしない。 この映画を観直して、もう一つ、感じた事がある。 たいしてアクションのできない白人のジョン・サクソンを主役格にもってくるなど、 当時はまだ東洋人、そしてアクション映画に対する価値観が低い時代だった。 撮影環境も劣悪だった。そういう中でもこの映画は、 いやブルース・リーという人物は世界を動かしてみせた。 それは言い換えれば、どんな環境でも、本物は必ず認められる、という事だ。 よく世間に認められない自分を、周りのせいにする人がいるが、とんでもない、 どんな状況でも認められてこそ本物なのだ。 それをブルースが、「燃えよドラゴン」という映画が我々に教えてくれる。
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