踊ること、殺し合うこと。
このレビューにはネタバレが含まれています
2020年8月7日 18時56分
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総合評価:
4.0
場面場面で戦うことの意義というものを明らかにするということはどうやら大変に思えるがそれをうまく編集してみせるのがクエンティン・タランティーノのなせる技なのだ。観る側に要求することは少なくないが、気持ちよくさせることには天下一品。どうにか理解するときには、踊らされている。男女二人のダンスシーンのように。これは前触れなのだ。観るものを戦いに送り込む時の。それをどう観るか。ここをまず求められる。
踊るということ。それは音楽に踊らされるということ。クエンティン・タランティーノはそこも意識している。どこで人は踊るのか。どんな時に人は踊るのか。結局は生きるということ。生きなければ踊ることなんてできない。生きるためには戦わなければならない。戦うということは、殺し合うということである。彼らは常に殺し合っている。生きるために。踊るために。それを観るということ。観る者はそれらを観るということ。そこに流れているのは音楽。つまりは、生きる時には何かがあわよくば音楽が流れているのだ。観る者の人生、殺し合わなくても、そうだろう。