アガサ/愛の失踪事件
「アガサ 愛の失踪事件」のラストには、思わず声を上げてしまった。 惚れ惚れするような別離の映像なのだ。 この映画は、ミステリーの女王、アガサ・クリスティ本人をヒロインとした作品だ。 アガサ・クリスティは、1926年に11日間、姿を消した事件がある。 その間、彼女は何をしたのか、また、何のために。 この件は、遂に明らかにされないまま、彼女は世を去った。 この映画は、その謎を推理し、想像し、ある一つの愛のサスペンスを構築する。 ミステリーの女王を素材にして、ミステリーを創り上げようというのだ。 脚本は、キャサリン・タイナン。彼女は、当時の新聞を読み漁り、関係者を尋ねて、謎のパズルを、女性のアングルから解いたのだ。 アガサという女性の謎を追って、女性が物語を創っただけに、全編から滲み出る、ひたむきな女の哀しみが、たまらなく胸を打つ。 アガサ・クリスティを演じるのが、ヴァネッサ・レッドグレーブ。 彼女の作品を愛しているコラムニストが、ダスティン・ホフマン。 彼女が、土壇場の行動に走ろうとする時、身をもって助けるのが彼なのだ。 彼と彼女の間に、密やかな愛の感情が通い合う。 二人の手の動き、目のさばき。内に抑えた愛の表現が、実に心に沁みるのだ。 そして、全てが終わったラスト。迎えに来た人々に連れられ、アガサは、駅のホームに立つ。その反対側のホームに彼。 二人の目が合った瞬間、ホームの間に列車が入って来る。 激しい抱擁をするでもない。しとどな涙を流すのでもない。 だが、これ程までに観る者の胸を締め付ける、美しい"別れ"は、めったい見られない。 アガサ失踪事件の謎に挑戦したこの映画。 その謎の本質を、女の哀しみに絞り込んで、それ故に、観る者の胸を震わせる、愛の映像に昇華したのだ。
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