薔薇の名前
中世イタリアの修道院に、イギリスの修道士がやってきた。彼は、おりしも発生した連続殺人事件を調査することになるが……。ウンベルト・エーコの暗喩と象徴に満ちた同名小説の映画化作品。
“ウンベルト・エーコのメタファーと引用に散りばめられた知の迷宮世界をジャン・ジャック・アノー監督流に映画化した怪奇幻想の中世ミステリーの異色作「薔薇の名前」” この映画「薔薇の名前」は、原作がイタリアの記号学者ウンベルト・エーコが1980年に発表した、古典的ミステリー小説の映画化で、監督が8万年前の人類の生活を描いた異色SFで、世界中の映画ファンを熱狂させた「人類創世」のジャン・ジャック・アノー。 主演が当時、円熟期を迎えていた我らが、初代ジェームズ・ボンドことショーン・コネリー、共演にこの映画の前の出演作「アマデウス」で憎々しげなサリエリ役でアカデミー主演男優賞を受賞したF・マーリー・エイブラハムとミステリー好き、映画好きが泣いて喜ぶメンバーが結集した映画です。 舞台は、中世ヨーロッパに異端審問の嵐が吹き荒れていた14世紀の、北イタリアのベネディクト修道院に、会議の準備のために、修道士のバスカヴィルのウィリアム(ショーン・コネリー)と見習い修道士のアドソ(クリスチャン・スレーター)がやって来るところからこの物語は始まります。 この修道院に着いた二人を待ち受けていたのは、不可解な殺人事件でした。 そこでキレ者の修道士のウィリアムとその弟子のアドソは、この修道院の文書館で、挿絵師として働く若い修道士が、謎の死を遂げ、それに続いて、ギリシャ語の翻訳を仕事とする修道士が殺されたため、これらの事件の真相究明に乗り出し、この事件が、文書庫と関係があると睨むが—-という展開になっていきます。 映画を観る前は、何かイメージ的に”荘厳で重厚なドラマ”だと思っていましたが、実際に観てみるとその内容は、”爆笑する恐怖ドラマ”で、映画のファーストシーンからラストシーンに至るまで、終始一貫して、この”二重構造”が貫かれているところが、潔いというか感心してしまいました。 とにかく舞台が中世の僧院なので、暗くて、重たくて、難解そうだなという感じで、事実、画面は一貫して限りなく暗く、重たく、難解そうなムードが漂っているんですが—-ところが中味はというと、全く正反対で終始笑えるほどのおかしさに満ち溢れているのです。 修道士のウィリアムとその弟子のアドソの関係は、かの名探偵シャーロック・ホームズとワトソン博士の関係になっていて、主人公がバスカヴィルのウィリアムス—-これからわかるように、かのシャーロック・ホームズ物の名作「バスカヴィル家の犬」と言う事で、コナン・ドイルへのリスペクトとオマージュを捧げているのがわかります。 また、修道院に到着したウィリアムが、すばやくトイレの場所を推理してしまうシーンで、いきなり笑ってしまいます。 とにかく、”あぶり出し文字”はあるは、”からくり部屋”はあるは、”落とし穴”あり、”暗号”あり、”迷路”ありと、古典的なミステリーの定番がこれでもかこれでもかというくらいのオンパレード。 ミステリー好きにとっては、たまらない仕掛けが連続して、すっかりうれしくなってしまいます。 そして、連続殺人で殺されていく修道士たちの殺され方というのが、また、いちいち凝っていて笑わせてくれます。 その中でも一番おかしかったのは、大きな水ガメの中に頭を突っ込んで死んでいる人が、脚を思い切りVの字開きしていたのが、最高にチャーミングでお茶目な演出でした。 最後に超人ともいえるウィリアムが、絶体絶命の大ピンチに見舞われ、ああ、遂に彼も死んでしまうのか、どう頑張っても彼が生き延びる可能性はないなと思っていたら、何と彼は無事、生き延びてしまうのです。 どうやって、彼が危機を脱出出来たのかについての説明は全くありません。 後で、じっくり考えてみても、よくわかりません。 そこで私なりに推理してみました。多分、これは監督にもわからないでしょう。 彼が生き延びた理由は唯一つ、これしかありません。 それを演じていたのが我らがショーン・コネリーだったからなのです! これ以外に理由は、全く考えられません(笑)。 こういう、ある意味、いい加減なご都合主義の撮り方って大好きですね(笑)。 また、この映画にはとにかく、”異常な顔”がたくさん出てくるところも私好みです。 修道士がみんな、念入りにインパクトの強烈な顔の持ち主ばかり。 よくもまあ、これだけ凄い顔ばかり集めたものだと感心してしまいます。 その中でもロン・パールマン、彼の”異常な顔”には誰もかないません。 “まともな顔”というのが、主役のショーン・コネリーとその弟子のクリスチャン・スレーターだけというから、とにかく凄すぎます(笑) 「アマデウス」でサリエリを完璧に演じたF・マーリー・エイブラハムが完全な”悪玉”の顔になっていたのはさすがでした。 考えてみると、確かに中世の僧院というのは、相当、異常なところだったろうと思います。 この映画を観ていると、つくづく”カトリックの世界は、壮絶なサディズムとマゾヒズムのせめぎ合う世界”じゃないかとも思ってしまいます。 心理的なSMの美学の香りが漂ってきそうな雰囲気を妖しく醸し出しています。 この映画は表面的な中味は、ほとんど”お笑いの世界”なのですが、奥深いところで”カトリックのSMの美学”の方もしっかりと描いていて、この映画、一筋縄ではいかないというのか、なかなか侮れません。 そして、映画好きとしての、この映画の最大の見どころは何と言っても、主役のショーン・コネリーのカッコよさ、渋さにつきます。 同時期の「アンタッチャブル」(ブライアン・デ・パルマ監督)でも、彼の出演シーンだけ突如、渋いトーンになっていましたが、彼ほど年齢を重ねていくにつれて、魅力を増していく俳優も珍しいと思います。 何といっても、彼の年輪を重ねた顔のシワが、男としての魅力に満ち溢れています。 額なんか縦ジワと横ジワが交差してチェック柄になっていたりします。 それが、”老いのわびしさ”ではなくて、”老いの豊かさ”を象徴しているかのように見えてきます。 正しく、我らがショーン・コネリー、男としても役者としても円熟の境地です。 尚、この映画は1987年度の英国アカデミー賞にて、ショーン・コネリーが最優秀主演男優賞を受賞(納得の受賞です!)し、メイクアップ賞も受賞し、1986年フランスのアカデミー賞に相当するセザール賞にて、最優秀外国映画賞を受賞しています。
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