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「めまいがするほど不幸な主人公」 めまい atchinさんの映画レビュー

めまい Vertigo

めまいがするほど不幸な主人公

このレビューにはネタバレが含まれています

2021年1月18日 23時16分 役立ち度:0人
総合評価: 5.0
世界的に評価の高い映画ではあるが、公開当時はそれほどでもなく、
興行収入もイマイチ(ヒッチコック曰く、損はしない程度)だった。
やはりトリュフォーが1966年に出版した「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」
を機にヒッチコック映画の再評価がなされ、それに伴いこの映画もぐんぐんと
評価が上がっていったようだ。

正直、シナリオが良くない。それはヒッチコックも認めている。
個人的には何箇所か気になる部分があるのだが、とりあえず3点ほど。
まず第一に男がマデリンと再会するシークエンス。
100%の偶然で成立させてしまっているのだが、これはやはり
弱いと言わざるを得ないだろう。ここからこの映画が新たな展開を見せるという
重要な局面で、何の必然もなく男女を再会させてしまうというのはいかがなものか。

次に、男の元婚約者である女友達ミッジの存在が物語に生きてこない。
行動の端々に、まだ男のことが好きなのは見て取れるし、
時々変にアップで抜かれたりしているので、今後の展開に絡んできそうな
重要なキャラ扱いされているな、と思いきや、このキャラが持っている伏線は
何一つ回収されないまま映画は終わってしまうのである。
この映画のあらすじを色々なところで読んで見ても、ミッジについては
どこもほとんど書いていない。そう、あらすじから外してしまっても
成立する程度の存在なのである。その割に結構な割有で物語に絡んでいるので、
何だかよく分からないのだ。

そして三つ目。マデリンは、男の友人であるエルスターに誘われて男を騙し、
エルスターの妻殺しを完全なものとするために一役買うことになるのだが、
このマデリンとエルスターの関係性がよく分からない。エルスターの妻殺しに
加担する訳だから、ちょっとやそっとの関係ではないはず、
なのに知り合った経緯や動機がはっきりとは見えてこないのだ。
本来ここもプロット上かなり重要なはずなのに、どうしてこんなにも
疎かにされているのか、これもよく分からないところだ。
他にも、ヒッチコック自身が語っているように、時計塔からマデリンが落ちた後、
男がその死体を確認しに行ってしまったら、それが今まで男が会っていた
「マデリン」と違うという事に気付かれてしまう訳であり、
そこが担保されずに妻の殺人計画を実行するのかという問題もある。

ちなみに原作はどうなのだろうか。
原作者はフランス人のピエール・ボアローとトーマ・ナルス・ジャック。
「悪魔のような女」の原作者でもある。この作品はヒッチコックが権利を
買い取って映画にするであろうことを見越して書かれ、
そしてまんまとその思惑通りに映画化されたものであることを、
トリュフォーがヒッチコックに明かしている。
内容は、基本的に映画と同じだが、映画では存在意義がよく分からなかった
女友達のミッジはやはり出てこない。そして一番大きな違いはラスト・シーンだ。
原作では女(マデリーヌ)が友人(ジェヴィーニュ)と組んで男(フラヴィエール)
を騙していたことは、最後になって分かる仕組みとなっており、
そして自分が愛している女が自分をこれっぽっちも愛していないことに
気付いて感情の高ぶった男は、女の首を絞めて殺してしまうのだ。
同じ女でも、男のことを「愛してしまった」と告白し、最後、誤って
鐘楼から落ちて死んでしまう、という描き方をした映画とは全く違うこととなる。
ここの違いということでは、一つにはサスペンスの継続性、
もう一つは映画の主演がジェームズ・スチュアートであるということが
言えるだろう。ミステリーとして考えた場合、謎解きはもちろん最後の方が
効果的だが、観客を飽きさせないためにはサスペンスが必要と考えた
ヒッチコックは、途中で観客にだけ女の正体を明かすという手法が有効であると
判断したのだ。ただ公開当時かなり批判もあったようで、市川崑などは
「ヒッチコックもモウロクした」などと大批判をしていたらしい。
また、主演がジェームズ・スチュアートともなれば、原作通りのラストでは
単なるかわいそうな犯罪者として終わってしまい、イメージも悪いとして
変更をしたのだろうということは容易に想像ができる。
話は戻るが、とにかく、死んだと思った女を発見するくだりも含め、
小説のプロットは映画と違い、それなりに整合性はとれている。
単にこの小説の映画化、として考えた場合、この「めまい」は失敗作と言っても
過言ではないだろう。

しかし映画というのは物語だけではない。
一旦物語の世界から離れ、画面を観た通りのものとして受け取り、
またそこを掘り下げて考えてみると、色々と面白いものが見えてくる。

カメラワークについては多くの人が語っているので、今さらなのだが、
やはりレストランで初めてマデリンを見るシーンは圧巻だ。
男がマデリンを見る。するとカメラはゆるゆると動き出し、
マデリンの後姿をとらえる。背景が赤い壁なのに対し、
マデリンは緑のドレスを着ており、とても画面に映える設計となっている。
カットが変わると、今度は彼女がこちら側に向かってくる。
そして数秒、彼女の美しい横顔をとらえる。
ここで注意したいのが背景の照明だ。椅子から立ってフレーム・アウトをした後に
わずかに背景の照明がトーン・ダウンされる。
そしてフレーム・インし彼女の横顔のアップとなった時に、
今度はわずかに照明がライト・アップされるのだ。
マデリンの美しさ、華やかさを、こんな細かな演出で
さりげなく盛り上げるところは、ちょっと異常で神経質なくらいだが
そのこだわりが素晴らしい。
またここでは彼女の横顔というものを印象的に映し出すことによって、
後半のシーン(夜のホテルでの横顔シルエット)への伏線としている。
そして街中で、マデリンの運転する車を追うシーン。
車をただ真っすぐに追うのではなく、追われる車を右に左にとコーナーを曲がらせ、
それを追うショットを重ねることで、主人公と共に観客を迷宮へと誘うような、
そんな独特のリズムと美しさを兼ね備えた細やかな演出が行われている。
人によってはそれをエロティックなカメラワークと表現される方もいるようで、
そこは人それぞれの受け止め方の問題なのだが、エロティックと言えば、
トリュフォーも指摘した、溺れるマデリンを助けたシーンの後、これがまたすごい。
びしょ濡れの彼女を自分の家に連れていき、ベッドで寝かせているのだ。
その途中経過はもちろん省略されており、溺れる彼女を助けた後、
カメラは家の中に干してあるマデリンの服を舐めるようにとらえ、
ベッドの中に横たわる彼女を映し出す。服は丁寧に干されており、
部屋は暖炉で温められている。しかしベッドの中のマデリンは
全裸で寝かされており、服を着せてあげられていない。
そしてこれらの状況から導き出される結論として、おそらく男は
(いや、間違いなくか……)彼女の体をくまなく拭いているとしか思えないのだ! 
一体男はどれだけの時間、女の裸を眺めていたのだろうか。
もしかして他にも……とまあ、このように卑猥な妄想が業火の如く燃え上がるよう、
ヒッチコックは「見せない演出」で極上のエロティシズムを表現したのだ。

他にも、有名な「めまい効果」の撮影やアニメーションの挿入など、
色々な実験的手法を取り入れたり、海辺でのキス・シーンで、
キスの瞬間と波が岩にあたって砕ける瞬間、そしてバックの音楽の盛り上がりの
3点のタイミングを合わせてみたり、様々な効果を狙った細かい演出がてんこ盛りと
なっている。物語の弱さを、それを補うような溢れんばかりの熱量をもった演出で
ヒッチコックがカバーリングしており、それはまるで、良い素材を変なレシピで
料理しなければならなかったものの、コックが色んな調味料をぶち込んだ結果、
何か分からないけどメチャクチャうまいぞこの料理! 
みたいな、そんな世紀の珍品がこの映画なのかもしれない。

しかし気になるのはこの映画の物語世界のその後のことだ。
主人公の男は、愛した女が飛び降りて死に、そのショックで
精神が崩壊しかけていた時に、愛した女そっくりの女を見つけ、喜びに打ち震え、
そしてそれが愛した女そのものだと分かり、
自分への裏切りと愛との葛藤に揺れている時にまたその女が落ちて死んでしまう、
という地獄のようなループに巻き込まれるのだ。
どん底にいる男を天国まで引き上げたかと思いきや
またもやどん底に叩き落すという、
映画史上類を見ないほどの不幸っぷりを見せつけられた我々としては、
彼がこの後精神の崩壊を起こさぬようただただ祈るばかりだ。

詳細評価
  • 物語
  • 配役
  • 映像
  • 演出
  • 音楽
イメージワード
  • ・悲しい
  • ・絶望的
  • ・切ない
  • ・セクシー
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