見知らぬ乗客
列車の中でテニス選手のガイに声をかけた、見知らぬ乗客。その男はガイの私生活を熟知しており、交換殺人を提案するが……。映像の魔術に酔わされる、アルフレッド・ヒッチコック監督の傑作スリラー。
メリーゴーランドのシーンが、カソリック宗教学的演出で傑出していますが、全体的には、暗い分裂的を感じさせる映画作品。 乃ち、作家のチャンドラー、の映画脚本に問題があります。 しかし、ロバート・バークス撮影監督の、撮影技術は本当に素晴らしい。 次に、映画音楽(作曲:ティオムキン)は、疑惑の影、と同じ、劇伴的効果がある古典的な音楽であって、感動します。
オープニングの、それぞれ向かい合うように移動する足のショットから すでにヒッチコック節が全開だ。 有名な「交換殺人」をモチーフとした物語だが、実際に交換殺人が行われる訳では ない。サイコ野郎であるブルーノが執拗に交換殺人を求めてくる話である。 妻を勝手に殺し、自分の父を殺してくれとつきまとってくる異常さは、怖い、 というよりも気味が悪い、といった感じだ。 夜、家の前から俯瞰気味に見つめる目、日中大きな建築物の階段上段から 仰角気味に見下ろしてくる目、テニスの試合中に、ボールを追いかけ 首を振る観客たちとは異質に、微動だにせずにじっと見つめてくる水平の視線等、 いつでもどこででもあらゆる角度から見つめてくる演出によって、 常にブルーノに監視されている気味悪さを強調しているところが素晴らしい。 メガネ、ライター等、小道具の使い方も見事でまさに教科書のような映画だ。 クライマックスは有名なメリーゴーラウンドのシーン。 壊れて高速回転で回るそれを停止させるため、下にもぐって這い進んでいく 職人を映すショットがあるが、職人の頭にグルグル回っている メリーゴーラウンドの土台がぶつかりそうで、危ないなあ、でも映画なんで、 安全な状況で撮影しているのだろう、と思っていたら、見たまんま危険な状況だったらしく、 ヒッチコックが「映画術」の中で反省の弁を述べていた、という、 別な意味でメチャクチャスリリングなシーンであり面白い。 原作は「太陽がいっぱい」でも有名なパトリシア・ハイスミス。 彼女のデビュー作であり、こちらの評判もいいので手に取ってみた。 しかし自分が読んだものが旧訳版だったらしく、ちょっと文章表現が古めかしくて あまりノレなかった。 驚いたのが、原作はしっかりと「交換殺人」になっていた、ということだ。 しかし、この展開は正直あまり理解ができない。とにかくガイの感情の波が激しく、 妻を勝手に殺したブルーノを嫌悪したり、共感したり、 サイコ野郎のブルーノとは違った意味でお前もサイコだな、 と言いたくなってしまうほど、精神思考が分からないのだ。 こう感じるのは多分自分だけではないだろう。だからこそヒッチコックは 内容を変えて映画化しているのだ、と思う。 もちろんラスト・シーンも違う。映画はメリーゴーランドを使ったサスペンスで 視覚的に盛り上げているが、原作では殺人という自分の犯した罪に耐えられなくなったガイが 私立探偵に自白をする、というものだ。違うと言えば、サイコ野郎のブルーノは 誤って船から転落して死んでしまうし、そもそも映画ではテニス選手のガイは、 原作では建築家だ。 こうやってみていくと、ヒッチコックは物語を映像化した場合に、 どうすれば効果的に人の目に映るのか、またどうすればより多くの観客の共感を 得ることができるのか、ということに対し、本当によく考えて映画を撮っていたことが分かる。 余談だが元々はレイモンド・チャンドラーがこの映画の脚本を書いていたのだが、 ヒッチコックとぶつかり、「豚野郎」と言った末におろされたとのこと。 それ言っちゃ、ダメだろ……
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