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引用:IMDb.com

37セカンズのライムスター宇多丸さんの解説レビュー

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2020年05月28日更新
「37セカンズ」それこそ、観ると社会の見え方がちょっと変わるかもという意味でも、絶対に観る価値はある作品なので、ぜひ劇場観に行っていただきたいと思います。 (TBSラジオ「アフター6ジャンクション」より)

RHYMESTER宇多丸さんがTBSラジオ「アフター6ジャンクション」(https://www.tbsradio.jp/a6j/)
で、HIKARI監督最新作、大ヒット上映中の「37セカンズ」のネタバレなし解説レビューを紹介されていましたので書き起こしします。
映画視聴前の前情報として、また、映画を見た後の解説や考察レビューとして是非ご参考ください。

宇多丸さん「37セカンズ」解説レビューの概要

①ベルリン映画祭史上初!「パノラマ部門観客賞」「国際アートシアター連盟賞」ダブル受賞作品!
②作品序盤にいきなりくる、観客が襟を正さざるをえないあの衝撃場面
③「愛情」と「過保護」の線引きの難しさ、親子の微妙な関係
④障害者が○○ことの困難さと現実の厳しさ
⑤タイトル「37セカンズ」に込められた意味とは?

※○○の中に入る文章は、この記事の1番最後で公開しています。
TBSラジオ「アフター6ジャンクション」でラジオ音源を聞いて頂くか、書き起こし全文をご覧頂くか、この記事の1番最後を見て頂く事で判明します。

映画「37セカンズ」宇多丸さんの評価とは

(宇多丸)
さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。今夜扱うのはこの作品「37セカンズ」!

出生時に37秒間呼吸ができなかったために身体に障害を負った女性の、成長と自立を描いた人間ドラマ。主人公の「ユマ」を演じる佳山明さんは、役柄と同じ理由で脳性麻痺を抱えながらも、要するに佳山さんをオーディションでキャスティングしてから、この設定に脚本が書き換えられた、ってことなんです。脳性麻痺を抱えながらも社会福祉士として活動していたところ、オーディションで見出され、主演に抜擢されたという方です。その他の出演は神野三鈴さん、大東駿介さん、渡辺真起子さん、奥野瑛太くん、尾美としのりさん、板谷由夏さんなど。監督・脚本は、ロサンゼルスを拠点に活動し、本作が長編デビュー作となるHIKARIさん、ということになっております。

ということで、この「37セカンズ」もう観たよ、というリスナーの皆さま、ウォッチメンからの監視報告をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、多めです!意外と、東京だと例えば新宿ピカデリーとかでドンとやっていたりとか、意外と観やすいというのもあるのかもしれませんが。そして賛否の比率は、「褒め」が8割以上。映画の性格上、障害を持っている方、周りに障害を持った方がいるという方からの感想も多かったです。

褒めてる人の主な意見は、

・とにかく泣かされた。親子の物語としてグッと来た。
・障害者のことをここまでまっすぐ描いた作品は初めて。
・主役の佳山明さんの体当たり演技が素晴らしい。

などがございました。一方、主な否定的な意見は、

・前半はいいが、後半に失速。展開が唐突すぎるし無理がある。
・ユマをサポートする周りの人たちが親切すぎる。
・主人公が原稿を持ち込みに行った青年コミック雑誌の描き方が最悪。偏見を無くすための作品のはずなのに成年コミックへの偏見を助長しているのでは。

そうですか。というような意見もございました。

ということで、代表的なところをご紹介しましょう。

引用:IMDb.com

映画「37セカンズ」を鑑賞した一般の方の感想

*ダーデン二郎さん
本作が非常に好きです。主人公ユマちゃんとは違いますが、私も生まれつき足に障害があり、主人公と同様に障害者です。小学生の頃に手術をしたことがあります。車椅子に乗る生活を半年ほどしたことがあります。街中の何気ない段差につまづくシーンは痛いほど胸に刺さりました。障害者を扱う上で今作のアプローチはとても誠実だったと思います。何気ない日常に不自由があるだけで普通の人となんら変わらない人間なのです。普通に恋もするし、仕事もするし、友人と酒を飲んで騒いだりするごく普通の人間なのです。

(宇多丸)
で、まあいろいろあって。

*ダーデン二郎さん 続き
ある人との別れのシーンで「怖かった」と言われて返す言葉が、・・・

(宇多丸)
もう怖くないですか?って。

*ダーデン二郎さん 続き
このシークエンスに全てが詰まっていたと思います。障害が原因でできないことを周りの方に手助けしてもらう必要がありますが、その点を除けばどこにでもいるような人間なのです。街の描写や主人公が成長して自分が描きたい作品を作ることで、周りに認められる最高のカタルシス、たまらなかったです。本作やアトロクの視覚障害者の方の特集、ビヨンド・ザ・パラスポーツなどの知らない世界を広める活動、素晴らしいと思います。大好きです。

(宇多丸)
いやいや、それは恐縮です。ありがとうございます。という方。一方、ダメだったよという方。

映画「37セカンズ」批判的な意見

*タクヤ・カンダさん
「37セカンズ」、観てきました。主人公とユマと母親の関係はとてもリアルに見えて所々でドキュメンタリー映像かと錯覚するほどでした。ユマを演じた佳山明さんは良かったですが、全体的に見て私は否定的な印象を持ちました。ユマが出版社に原稿を持ち込んだ時に編集長から「性経験がないといい漫画が描けない」と言われます。このセリフで物語が大きく動き出すのですが、あまりに問題のあるセリフだと思います。こういうセリフを言わせないでストーリーを動かせるかどうかというところに力量が問われるのではないでしょうか。表現やクリエイターについて、あまりに浅はかな見方だと感じました。また前半の面白さに比べて後半部分は急にリアリティがなく退屈になってしまいました。「障害者=天使」という図式からはたしかに抜け出しているかもしれませんが、細部の杜撰さのせいで最終的には結局は障害者を主人公としたお涙頂戴な映画になってしまったと思います。

(宇多丸)
という厳しめの意見もございました。

「37セカンズ」宇多丸さんが鑑賞した解説

はい、といったあたりで皆さん、メールありがとうございます。私も「37セカンズ」、新宿ピカデリーで2回、観てまいりました。平日昼の回だったんですけど、ほぼ満席だったです。めちゃめちゃ入ってました。ということで先週、リスナー推薦枠で史上最多級の本当にメールをいただき、見事ガチャが当たった本作です。ベルリン国際映画祭の「パノラマ部門観客賞」という、一応パノラマ部門の最高賞にあたるようなやつと、「国際アートシアター連盟賞」とのダブル受賞というのを、ベルリン映画祭史上初めて成り立たせたということで。すでに世界でも非常に高く評価をされつつあるという作品です。

今週水曜日に番組にお越しいただいた元「映画秘宝」の編集長・岩田和明さんも大絶賛していて、僕へのお土産として、先にNHKで放送された74分のテレビ編集版というのがあるんです。劇場版は115分なんですけど、74分版。これ、イ・チャンドン監督の「バーニング」、これ2019年2月15日に評しましたが、あれに近いパターンで。要はアメリカのサンダンス映画祭とNHKがやっている脚本ワークショップの日本代表作品ということで、元々NHKがサポートしている作品だったということで、「国際共同制作バリバラドラマ」という枠で、昨年12月にNHKで放送されたバージョン。今回の劇場版とどう違うかは後ほど、時間があれば少し触れると思いますが。それの録画したやつを岩田さんからいただいたりとか。

あと宣伝会社さんのご厚意で、本作の製作・脚本・監督を務められましたHIKARIさん。これが長編第一作で、当然、僕も今回初めて作品を拝見したわけですけど。そのHIKARIさんがこれまで撮られて、やはり世界的に高く評価されてきた短編も、いくつか拝見することができました。このHIKARIさん、そっちの短編ではご本名なんですかね。「MIYAZAKI MITSUKO」さんというふうにクレジットされていましたが。

製作・脚本・監督HIKARIさん

とにかく大阪の方で。10代でアメリカに留学されて、途中、名だたるヒップホップアーティストのカメラマンなどもやっていたという。これ、それはそれで別個にお話をうかがいたいなというぐらいの感じですけども。とにかくアメリカでいろいろやって、最終的にUSC(南カリフォルニア大学院)、ジョージ・ルーカスとかが出た学校として有名ですけど、そこで映画を学ばれて。ちなみにその時のUSCの教えの話もこれ、「映画秘宝2月号」のインタビューで出ていて、これがまためちゃくちゃ面白いんですけど。で、その卒業制作として作った短編、2011年の「TSUYAKO」という作品。戦後間もない日本で、非常に抑圧された生き方を強いられている女性が、かつて恋愛関係にあった同性の友人と再会し、というような話。これとか、2015年、やはりこれも時代のせいで成就できなかった人種間恋愛を、これはセリフなし、バレエ的ダンスのみで語り切っていくという、「Where We Begin」という作品とかもそうなんですけど。要は、その時代その場所では日陰に追いやられてしまっている存在の想いに寄り添うような視線という。今回の「37セカンズ」にも完全に連なっていくようなスタンスだと思いますし。

A Better Tomorrow

あるいは、「A Better Tomorrow」。これ2013年の短編で。車のレクサスの宣伝用の短編みたいですけど。実写からアニメーションに飛躍していくような表現であるとか。あるいは、これは2014年の「キャンとスロちゃん」という、自動販売機に恋するインドから来た人っていう話なんだけど。日本の都市の風景そのものを、旅人的な、外からの視点で擬人化して捉えて見せるような視点とか。そういうファンタジックでポップな語り口というのも、持ち味として今回の「37セカンズ」しっかり入ってます。あと、ユマちゃんが、街のビルの灯りに人の顔に見えるっていうのを、こう実際に絵で見せてみせるというあたり。ああいうような感じも元からあったりするという。

で、とにかく、そんなキャリアを歩んできたHIKARIさんが、満を持しての長編作品として作り上げたのが、この「37セカンズ」。作品、順を追って話していきますけど。まず冒頭、なんかこう、お化粧をしている女性のアップ。これがどんな場面なのかは後ほど明らかになって、よく分かんないんですけど。とにかく、なんか緊張感と共に、何者かが招き入れられるというところで。で、タイトルバックになるんですけど。そこで東京の景色が映し出されるんですけど、なんか、すごく撮り方、レンズの選び方とか、そういうことなんですかね。すごいなんかミニチュアみたいに見えるように、箱庭、ミニチュアみたいにとれるように見せてて。まずここで、ちょっとハッとさせられる。

引用:IMDb.com

箱庭、ミニチュアのような見せ方

で、そのせせこましい街並み、人ごみの中、電車に乗っている主人公のユマさんというのがいる。で、この映画全体に、カメラは彼女の視点に近い、低い位置にやっぱり置かれている。先週の「ジョジョ・ラビット」も、ジョジョくんの視点で、って言いましたけども、あれにも近い感じ。ずっと低い視点に置かれているので、この電車の中だと、例えば周囲の人たちの身体が、やっぱりまるで壁のように彼女を圧迫しているように見えるわけです。この低い位置のカメラワーク、っていうのは全編に通じてるわけですけど。で、この時点では彼女自身も、帽子を目深にかぶって、服もなんていうか、ボーイッシュっていうかなんて言うか。性別もちょっと曖昧にしたような感じで。あえて存在感を希薄に、まさしく「世を忍んで」るかのようなふうに見える佇まい的に。で、ホームに出たところで、彼女が車椅子に座っているんだよっていうことが、初めて示されるわけです。

佳山明さんの特徴的な声

これ演じている佳山明さん。まず非常に、声とかしゃべり方がすごい特徴的で。ものすごくか細く、控えめにしゃべる。声自体、声質とかもすごくかわいらしくて。とにかく、すごく愛らしい感じのしゃべり方をするんだけど、やはりその感じが、世の中の中で見ると、ちょっと弱々しげ、はかなげに見えて。なんかこう、大丈夫かな?って感じに見えるという効果もある。

とにかく、この佳山明さんのキャスティングと、そしてその彼女にずっとちゃんと演出をつけたという、ここがまず本作の、何と言っても圧倒的な魅力の部分です。オーディションで選ばれて。そのオーディションの様子っていうのも、NHKで別個のドキュメンタリーになってて。オーディションを受けられた他の車椅子の女性の皆さんも、実は一瞬だけ、今回の「37セカンズ」、よく見てるとドキュメンタリー見てから見ると、「あっ、あの人だ!」みたいな。一瞬見えたりするんですけど。とにかく、この佳山明さんの存在感、キュートさ、イノセンスな存在感みたいなところで、HIKARIさん自身も脚本を書き換えて、設定とかも書き換えて、そして佳山さん自身のご経験というのを元に、この「37セカンズ」というタイトルをつけた、というあれがあったりしますけども。

神野三鈴さんの演技

とにかく、ホームの中というか、街中で彼女が1人ポツンといるとやっぱり、カメラもそういう時はやっぱりあえてガッと引いてたりして、とても心細く見えるわけです。で、そんな心細さを見越したかのように、改札に、お母さんが迎えに来ている。これ、神野三鈴さんが、娘を思うがゆえのある種の過剰さ、神経質さみたいなのを、本当に見事に、丁寧に演じられてると思いますけど。で、一緒に帰っていくわけですけど。多くの観客がまずここでギョッとさせられるであろう、作品序盤でグッと引き付けられずにはいられない「この作品、ヤバい。これちょっと甘い映画じゃねえぞ。」って襟を正さざるをえない場面。お母さんが、帰宅後ユマさんを入浴させる。一緒にお風呂に入るシーンがある。で、お母さん、服を脱がせてあげるんだけど、これが本当に、ユマさんを四つんばいにさせて、本当に小さい子にするようにグイグイグイグイ、どんどんどんどん脱がしていくわけです。もちろんこれは、2人きりの空間という設定だからそれは気にしなくていいっちゃいいんだけど、やっぱり娘側のユマさん側も、本当にそれが習慣化しているんでしょうね、四つんばいになって、されるがままになって、全裸にさせられるわけです。

全裸に・・

で、やっぱこう観てると、「あれ?あっ、ここまで・・・」。まず「裸見せちゃうんだ・・・」っていう、「わっ」っていう感じと、ここまで全てを、親とはいえ、他の人に委ねなければ生活できないのかという、要するに軽いショックがある画なわけです。ここは、演技自体が初挑戦だというこの主演の佳山明さんにとっては、なかなかハードな撮影だったに違いないと思うんですが。やはりここ、お母さん側の「この子には自分の庇護が絶対に必要なんだ、心配なんだ」という、もちろん愛情ゆえからなんではあるんだけど、ちょっと支配欲にも似た思いというのを、観客にもある程度共有させる。「ああ、やっぱこんだけ面倒見なきゃいけないのか」っていう感じがある。っていうのを共有させつつ、「しかしこれ、こうやってかなきゃ生活できないって側はたまったもんじゃないよな」っていう、ユマさん側の、後にお話を動かしていくことになる心情っていうのもすごく、痛いほどわかるという意味で、非常に有効な、必要なシーンだったというふうに思います。

あとはその後で、お母さんと食事してるんだけど、食事のところでお母さんがシェイクスピアの読み聞かせをしてあげるんだけど、読みながら、ハンバーグをわざわざ細かく切ってあげてるわけですよ。「そこはできんだろ?」っていうことまでやってあげてるあたりが、やっぱり、「ああ、ちょっと過剰なんだな」っていうのを、セリフではなく示す。でもユマさんも、それに黙って従っている、というあたり。その親子の関係が、物を言わずして示される。

さすがUSC仕込み

そんな感じでHIKARI監督、さすがUSC仕込みというべきか。まず序盤で、非常に的確、簡潔にしてニュアンス豊かに、ユマさんが、要するに脳性麻痺当事者として日本社会の中でどんな立場で、どんな思いを抱えながら生きているかというのを、ポンポンポンと、テンポよく描き出していくと、お母さんとの関係を含め。

例えば、親友は親友なんだろうけどっていうことです。SAYAKAさんっていう、たぶん中学・高校とかで実際に彼女のことをちゃんと面倒見てあげたり、本当に友達「だった」のは間違いないと思うんですが、現状は事実上、ユマさんの能力を一方的に搾取しているとしか言いようがない、人気マンガ家にしてYouTuberというそのSAYAKAさん。これ演じられてる萩原みのりさん、絶妙に「いそう!」な感じで、見事に演じられてましたけど。

あるいはそのSAYAKAさんの編集者、宇野祥平さん演じる編集者たちの、結局のところやっぱり、障害者というだけで一線引いて接している感じであるとか、ニュアンスであるとか。SAYAKAさんのサイン会が開かれた時に、ユマさんが思い切って行こうとするくだり。まずお母さんとの、あのワンピース着る、着ない問答、その帰結です。あれもセリフじゃなく、「ワンピース着たいならついて行くけど?」っていうところで、じゃあ彼女がどうするのかというあたりで。彼女が本当には何を望んでいるのか?っていうのが、物を言わずして示されるし。

引用:IMDb.com

路上の段差

あと路上の、メールにもありました、ちょっとした段差。これ僕はたった1日、しかもいろんな人にチヤホヤされながらでしたけど、車椅子体験しただけでも、「うわあ、東京の街中、大変だな!」っていうあの、路上のちょっとした段差まで。とにかく、彼女を取り巻く社会のすべてが、「お前は家でおとなしくしてろ」と言わんばかりなわけです。で、HIKARI監督のインタビューによれば、要するに東京を舞台にしたのも、人の心のあり方含めて、バリアフリーが行き届いてない、優しくない社会だからということをおっしゃってて。これは正直、東京にこうやって住む我々としてはトホホというか、すんませんってあたりなんですけど。そうだと思いますっていう。

板谷由夏さんの演技

ただそんな中、板谷由夏さんが、これがまたその非常に感じ悪くなる手前すれすれの、絶妙な突き放し感と人情味のバランスで演じる、エロ漫画誌の編集長。この編集部に、ユマさんが電話をかけてきた時の、保留音声からのあの「はい、藤本です」って変わる時の、あのタイミングのおかしさとか。あと、ユマさんの脳内で広がる創作世界をアニメーションで、しかもそのアニメーションで広がる脳内世界というのが、どうやらお父さんからもらったハガキ、お父さんへの想いとこの創作意欲っていうのが繋がっているんだ、というふうなくだりをサラッと示す。本当に語り口のポップさ、そしてスマートさ、というあたりだと思いますけど。ここらあたり、本当HIKARI監督、確かな腕を感じるなというあたりですけど。とにかくそのエロ漫画誌編集長だけが、これセリフとしてはたしかに乱暴ですよ。もうこれ、男が言ったら、「ブラック・スワン」で、そんなこと言ってましたけど。「セックスしてこい!」なんつって。乱暴な一言なんだけど。要するに、この言葉そのものがいい言葉どうかかは置いてといて、でも彼女だけがユマさんに、「外に出てもっといろいろ経験してこい」って、彼女だけです。他の人はみんな「家でおとなしくしろ」と。社会全体が言わんばかりなのに、この人だけは「もっといろいろ経験してくりゃいいじゃん」っていうふうに、非常にぞんざいに言い放つ。で、「セックスしてこい」っていう。ただ、これ本当に僕大事なことだと思ってて。性的なことっていうのは、親の監視、庇護を離れて、自らの行動と責任で学んだり経験するしかないという意味で、人間が成長、自立していく上で僕は非常に重要な通過儀礼だと、僕自身の考えとしても思ってるので。あるいは、お酒というドラッグとどう付き合うか、みたいなこともそうですけど。ただ逆にいうとそれは、ユマのお母さんのように「娘には自分の庇護は絶対必要だ」と考えるような、それはそれでもちろん理解もできるんだけどという、いわゆる親心とは大変折り合いが悪い件でもあって。で、とにかくユマちゃんは、当然のようにお母さんには内緒で、その世間という大海原へ大冒険に乗り出していくというあたりでございます。

残酷な現実

ただ、とはいえその性的イニシエーション、僕は非常に大事だって言いましたけど、それすらもすんなりと行かせてくれない、もらえないのがやっぱり、障害を持つ身であるという、残酷な現実というのもあって。出会い系サイトで次々と男性たちに会うシークエンス。ユーモラスではあるんだけど、特にやっぱ最後の、一見偏見のない好青年との会話。彼だってきっと、悪い人じゃない。たぶんあそこで話してる時は本当にそう思ってたんだけど、いざってなるとちょっと腰が引けちゃったのかな、ぐらいだと思うんですけど。彼との会話、彼とユマさんの切り返しの画面の位置が、彼は真ん中にいて、「うん、偏見なんかないよ」って言うんだけど、ユマさんの位置は横にズレてて。なんか「ああ、やっぱりここは噛み合ってない」っていうふうに、画面の映画的にそれを示すあたりも、やっぱりHIKARI監督、さすが堅実な手腕があるなというふうに思ったします。

新宿歌舞伎町のディープゾーンに・・

で、そこから、必死のおしゃれも虚しくすっぽかされてしまった彼女が、新宿歌舞伎町のディープゾーンに、どんどんどんどん足を踏み入れていくあたり。このあたり、もうドキドキハラハラ。正直僕らは、親心ですよ。「えっ、大丈夫かな?」つって。ただそこで最初、「どこ行くの〜?」「どこに行ったらいいんでしょう?」「それはあなた次第よ〜」って、ある意味ユマさんの背中をさらに押すというのが、あのドラァグクイーンのお三方というのもすごいいいし。あと、あれです。渋川清彦さんが本当に、フラットに商売してるだけ感が、逆に渋く好ましい、あの呼び込みのおじさんとか。

奥野瑛太演じる男性デリヘル、男娼

そして何より、ここで登場。我らがマイティこと、奥野瑛太演じる男性デリヘル、男娼と言いましょうか、感じ。「ヒデでーす」っていう。彼がラブホにやってくると。これが冒頭のところだったわけですけど。彼のビジネスライクではあるけど、決して悪い人ではないし、むしろユマに優しく接しようともしているんだけども、このくだり。夜の都会の裏側を垣間見るドキドキも単純に観客としてはありますし。ユマさんに100%感情移入してますから、「おい、大丈夫か?大丈夫か?」と思って見てるからこその、本当に胃がちぎれそうな緊張と気まずさ、というね。

引用:IMDb.com

古いラブホの場末感

あと、またあのラブホテルがちょっと、古い鏡があったり、シャワーガラス張りのところになんか変な浮世絵風のあれが書いてあったり。なんか古いラブホなのがまた、なんともこう、場末感というか、これもまたたまんないあたり。奥野くんの名演も相まって、ここ本当にすさまじいシーンになってると思います。で、そこからさらに、まさに泣きっ面に蜂的な追い込まれ方をしていくユマさん。「もう勘弁してくれ!」っと。で観客としては、「これ、お母さんの言う通り、やっぱり家でおとなしくしてた方がよかったのか?」とさえ思い始めてしまう、というその絶望の淵まで追い込むわけです、HIKARI監督は。こうやって追い込むわけです。

現実の厳しさを突きつけるゾーン

そのまさにその時、「もうダメだ、家に帰っておとなしくしていた方がよかったのか?」ってその瞬間に、闇になった廊下の奥から、思いもかけなかったかたちの2人が、当たり前のような顔で、やってくる。つまり、「こんな生き方も普通にあるんだよ、だから平気だよ」と、その存在自体でユマさんの背中を押すような、そして観客の背中も押すような2人が、スルスルスルスルッとこういうふうにやってくる。ここまでがある意味、現実の厳しさを突きつけるゾーンで。僕の解釈ではここから先は、こういう生き方、こういう社会のあり方、こういう現実のあり方という、「可能性の提示」が、ここから先だと思います。この構成、演出、キャスティングの妙。今回の企画のきっかけとなったという、クマさんこと熊篠慶彦さんの、飄々とした、すっとぼけた、洒脱なたたずまいもいいですし。そして渡辺真起子さん演じる、本当に涙が出るほど頼りがいと誠実さを感じさせる、あの障害者対応のセックスワーカー役。そしてさらに、大東駿介さんがこれまた絶妙な温度感、距離感で、ごくごく自然に横にいる、寄り添う、というスタンスを体現してみせる、あの介護士の俊哉くん役。

映画版はあくまで、ユマさんの視点

これ、さっき言ったテレビ版では、そちら側の人々の描写の比重が大きかったんです。彼らのバックストーリーがむしろ多めに割かれていたりするんですが、この映画版はあくまで、ユマさんの視点に絞って、彼らの存在を知るという、それ自体によって、彼女が世間、世界にどんどん踏み出していくし、世界の可能性を信じていく。その変化と成長のプロセスというのを、シンプルに描き出している。ここまでが全体の、それでも1/3くらいなんです。

で、当然その結果、お母さんの過保護主義との対決は避けられないようになっていき。からの、ミニマルながらスリリングな、スリル満点な脱出劇ありの、テレビ版にはない、自分とは何かを改めて知るためのロードムービーへと発展してくわけです。お父さんを訪ねていくが、のところで出てくるベテラン俳優、尾美としのりさんの意外な存在感とかもいいですし。とにかくここから先は、あとからちょっと時間もないのでぜひご自分の目で確かめていただきたいんですが。

「37秒」「37セカンズ」の意味

旅の終わりに、彼女が語り始める「37秒」「37セカンズ」の意味。それはもちろん彼女に障害をもたらした原因なわけだけど、そこで彼女が最後に言う一言。これはつまり、「37セカンズ」っていうのは、「自分が自分である理由」、「自分になったことそのものの話」であって、つまり我々全てにそれぞれの「37セカンズ」はある。あとは自分がどう生きるかなんだという、そういうおそろしく普遍的なメッセージを語っていた話なので、これは「障害者の映画」ではなかったんだということが、そこでついに、ガンと突きつけられるわけです。

とにかく、あえて言えば僕、彼女を搾取していたSAYAKAさんとの決着。現状だとSAYAKAさんが、単なる悪役になっちゃっているのが、「もうひと押しできたのでは?」というのが、ちょっと小骨のようには刺さっていますが。

なんにせよHIKARIさん、間違いなくこれからマイケル・マン製作のテレビシリーズとか、いろんなオファーが決まっているようですし、世界的に活躍されることは間違いないでしょうし。そして佳山明さん、今年の主演女優賞決定でしょう!これ間違いなく、もう、本当に。脚本、演出、画作りなども見事でございましたし、メッセージと、そしてその伝えるべき飛躍とか、というところでも本当に見事な一作でございまして。私は文句なしにノックアウトされた一作でした。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!「37セカンズ」それこそ、観ると社会の見え方がちょっと変わるかもという意味でも、絶対に観る価値はある作品なので、ぜひ劇場観に行っていただきたいと思います。

書き起こし終わり。

○○に入る言葉の答え

「④障害者が『家』から『外』に出ていくことの困難さと現実の厳しさ」でした!

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