アイアムアヒーローのライムスター宇多丸さんの解説レビュー
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RHYMESTER宇多丸さんがTBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(https://www.tbsradio.jp/utamaru/)
で、佐藤信介監督作「アイアムアヒーロー」のネタバレなし解説レビューを紹介されていましたので書き起こしします。
映画視聴前の前情報として、また、映画を見た後の解説や考察レビューとして是非ご参考ください。
宇多丸さん「アイアムアヒーロー」解説レビューの概要
①大傑作!これは世界基準でみても上出来な日本製ゾンビ映画だ!
②日本ならでは!主人公が「○○された男」の物語
③ゾンビ登場までの「セッティング」部分をじっくり描写、物語後半への怒涛の展開
④想像をはるかに超えてくる!秀逸なゾンビ造形
⑤真の敵はゾンビか人間か?定型+オリジナルの圧巻のアクションシーン
※○○の中に入る文章は、この記事の1番最後で公開しています。
TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」でラジオ音源を聞いて頂くか、書き起こし全文をご覧頂くか、この記事の1番最後を見て頂く事で判明します。
映画「アイアムアヒーロー」宇多丸さんの評価とは
(宇多丸)
映画館では今も新作映画が公開されている。一体誰が映画を見張るのか。一体誰が映画をウォッチするのか。映画ウォッチ超人「シネマンディアス宇多丸」が今立ち上がる。その名も、「週刊映画時評 ムービーウォッチメン」。
毎週土曜夜10時から、TBSラジオキーステーションに生放送でお送りしている「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」。ここから夜11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと「シネマンディアス宇多丸」が毎週自腹で数回にわたりウキウキウォッチング。その監視結果を報告するという映画評論コーナーでございます。現在28分になってるところなので、私の夢の通りにはならずに良かった。
今夜扱う映画は、先週「ムービーガチャマシン」を回して当たったこの映画、「アイアムアヒーロー」。
人気漫画家、花沢健吾のベストセラーコミックを実写化したパニックホラー。謎のウィルスにより「ZQN(ゾキュン)」と呼ばれるゾンビが大量に出現。街がパニックに陥る中、冴えない漫画家の主人公・鈴木英雄は、たまたま出会った女子高生を守るため、決死の逃避行を続ける。監督は「GANTZ」「図書館戦争」シリーズの佐藤信介さん。主人公の英雄を演じるのは大泉洋。英雄と行動をともにする女子高生を有村架純、ZQNに立ち向かう元看護師を長澤まさみが演じている、ということでございます。
この映画をもう観たよというリスナーの皆様、ウォッチメンからメールなどでいただいております、監視報告・感想を。「アイアムアヒーロー」、メールの量はめっちゃ多い!今年トップ3に入る量。初めてメールをいただいた方も多し、ということでございます。賛否でいうと、「大絶賛」と「賛」が合わせて7割ほど。「普通」もしくは「イマイチ」が残り3割。「日本のゾンビ映画として史上最高傑作!」「日本映画ナメてました、すいません、そしてありがとう。」「大泉洋が上手すぎる。」などの熱い賛辞の声が多し。一方、「あの女子高生が後半空気。」、後半なんもやってないじゃないかと。「ストーリー的な目新しさが一切ない。」などの否定的意見もちらほら。そん中から代表的なご意見紹介いたしましょう。
映画「アイアムアヒーロー」を鑑賞した一般の方の感想
*ゲソギンチャクさん(22歳・男性)
宇多丸さんはじめまして。今僕は非常に興奮しています。なぜなら、人生で初めて心の底から怖いと思えるゾンビ映画を観ることができたからです。今まで僕の中でゾンビとは、あくまで人間達を脅かす危険な役割であり、ゾンビ映画を観ても、ゾンビゲームをしても、ゾンビそのものというより、ゾンビに襲われるという絶望的シチュエーションが怖かったのですが、この「アイアムアヒーロー」は違いました。ゾンビそのものがすごく怖いのです。
(宇多丸)
なるほど、なるほど。
*ゲソギンチャクさん(22歳・男性) 続き
また、日本が舞台というのも怖かったです。「ウォーキング・デッド」はゾンビも襲われている人もアメリカ人。舞台がアメリカなので所詮他人事。
(宇多丸)
あなた、そんなこと言ったら、たいていの外国映画は他人事だろうって。
*ゲソギンチャクさん(22歳・男性) 続き
「まあ、俺は関係ないしな」と一歩引いた視点で観ることができましたが、「アイアムアヒーロー」はそんなふうに割り切ることもできないのです。ゾンビ映画で後に引く怖さを感じたのは初めてです。帰り道の電車の中、花粉症で目が真っ赤になっているサラリーマンが怖くて仕方なかったです。監督の佐藤信介さんに感謝。
(宇多丸)
ということでございます。ダメだったという方もいらっしゃいました。
映画「アイアムアヒーロー」批判的な意見
*マックスさん(17歳・男性)
「アイアムアヒーロー」僕的にはダメでした。グロ描写・ホラー演出等はしっかりしているので、ゾンビ映画としては及第点に達しているのかもしれませんが、人間ドラマ等のストーリーに関しては、今年僕が劇場で観た25作品の中で最低レベルです。有村架純は後半ずーっと寝てるだけなのでいらないんじゃないかと思いますし、あんだけ勇気を振り絞って有村架純と長澤まさみを助けたのに、結局主人公は何も得てないのでカタルシスも皆無で、もう僕はこのジャンルの邦画に期待するのはやめることにします。
(宇多丸)
という、17歳にして人生に絶望したマックスさんでございました。ということで皆さん、ありがとうございます。たっぷりいただいて、熱量が素晴らしいということでございます。
「アイアムアヒーロー」宇多丸さんが鑑賞した解説
「アイアムアヒーロー」、私もガチャが当たる前に、もう公開2週目ぐらいの4月中に1回、バルト9とTOHOシネマズ日本橋で観てまいりました。特に公開2週目。4月中に1回目観た時、結構人も入ってましたし、今もどんどん口コミ広がって、なんかお客さんがもっとさらに入ってるみたいなんですけど。ところどころ、ここまでバイオレントな内容だと思ってなかったのか、普通に女の子の悲鳴とかが上がってて。こういうタイプの映画がかかっている箱としては非常にいい雰囲気で観ることができました。「キャーッ!」「ハーッ!」っていう声があがっててよかったです。
結論から言うと、大傑作!
で、もう1回目に観た時点で周りの人間には僕は熱く語りまくってたので、今日はもう、先に結論から言ってしまいますが、これはもう、大傑作!と言っていいんじゃないですか?これは。日本の、特にメジャー系アクションエンターテインメント映画として、ここまでのことがやればできるんだという、まずうれしい喜び。そして、ゾンビものという今や完全に世界的な定番フォーマットとなったジャンル映画。ここ10数年ぐらいですかね?もう完全に定番フォーマットになりましたけど。ジャンル映画としてもマジな話、「日本映画としては」っていうエクスキューズ抜きで、俺、これゾンビ映画としては世界基準で見ても結構上出来の部類に入ると思います。詳しくは後述しますが、ゾンビ映画のある種、定石的というか、定番的な設定や展開というのはいくつか抑えながら。そういう意味で「新鮮味がない」みたいなことを言う人も分かるは分かるんだけど、先ほどのメールにあった通り、ゾンビ描写そのものがものすごくフレッシュというか、諸々新しいところがちゃんと入っているというあたり。特に、ゴア描写・残酷描写・バイオレンスな描写に関しては、ぶっちゃけここまでやってるのは今時世界的にも珍しいくらいなんじゃないかなと思いました。「グリーン・インフェルノ」よりゴアです、はっきり言って、だと思います。このへん、特撮監督の神谷さんとか、特殊メイク・特殊造形の藤原カクセイさん、非常にいい仕事をしたんじゃないかと思いますが。
甘えが1カットたりともない
で、例えばゴア描写がすごいとか、そういう分かりやすくエクストリームな部分だけじゃなくて、例えば割と静かめな会話シーンとかの見せ方含めて、僕はこう思いました。1カットたりとも、それこそ「今時の日本映画だしこんなもんか」的な甘えが1カットたりともない。弛緩した、ゆるんだ演出とか画がない。どの一点を取っても、平たく言えばちゃんとショボくならないように、それこそ世界に見せて恥ずかしくないように、きっちり考え抜かれて撮られてる。しかも、それでやろうとしてできてることが、完全に、日本ならではのゾンビ映画、日本ならではのアクションホラーになってるということです。なので、シッチェスだの、サウス・バイ・サウスウェストだの、非常に活きのいいタイプの映画祭で大盛り上がりで、主に観客賞とかをガンガン取ってるってのは、俺納得です。これ全然盛った話じゃねえだろうなと思う。これなら海外の観客大盛り上がりするのも全然納得するっていうふうに思います。
日本ならでは
で、どの部分がじゃあ日本ならではなのかというと、ゾンビ映画っていうのはもともと作られた国のお国柄というか、特有の事情や風土が際立つジャンルではあるんだけど。後ほど、もう1回名前ぐらい出すかもしれないけど、「フアン・オブ・ザ・デッド」。例えばキューバで作られればキューバ風になるというのはあるんだけども。特に、この「アイアムアヒーロー」が日本ならではの作品になっているというポイントは、僕なりの表現をさせていただくなら、いわばこれは、「去勢された男」「去勢された男性性」の物語になってるからだというふうに思うんです。この去勢された男性性っていうのは、原作漫画・花沢健吾さん、そもそも花沢健吾さんの漫画が結構いつも描いてる根本テーマじゃないかなと。「ボーイズ・オン・ザ・ラン」とかもそうですけど。と、いうような気がするんですけど。とにかく、去勢された男、去勢された男性性の物語。ここがすごく日本ならではの話になってる。
銃器描写
で、まさに現実の国内法に則って、最大限リアルに描かれる銃器描写。クレー射撃用の二連ショットガンが出てくるわけですけど、まさにそれが去勢された男性性の象徴として使われるわけです。そもそも、実用じゃないわけです。スポーツ用です。狩り用ですらないわけです。スポーツ用。で、好き勝手に発射できないわけです。管理下でしか発射されない。で、劇中主人公は、もう緊急事態なんだからどれだけ「発射」が必要な場面になっても、なかなか去勢された精神性っていうのを脱することができないためっていうのがこの物語の葛藤を生んでるということで。つまり、この「アイアムアヒーロー」という映画は、多くの優れたゾンビ映画同様、決して事態全体の根本的解決なんてことは描かれないんです。描かれてるタイプのゾンビ映画はあるけど、だいたいそれはやっぱガッカリさしてくれるわけです。「ワールド・ウォーZ」の結末でどれだけみんながガッカリ「あ~あ」ってなるかっていう。根本的解決は普通はされないものです、ゾンビ映画って。ただ、それ以外の部分の物語を描く。で、それ以外の部分で、日本の去勢された男、日本の去勢された男性性っていうものが、いかにせめてもの尊厳を取り戻していくかという、まさにこの国ならではの物語。ヒーロー誕生譚を2時間で過不足なく語りきっているという映画なんです。なので、僕はちょっとこのお話そのものに、正直何度もポロポロ泣いちゃいました。やっぱり去勢された男性性サイドの一員として。
序盤のシーンについて
順を追ってもうちょっと細かい話をしていきますと、まず序盤、漫画家アシスタントの主人公。まあぶっちゃけ、限りなく負け犬的な人生を歩みつつある主人公の日常描写があるわけです。で、その日常描写の裏側でゾンビ的な事態の発生・拡大っていうのが、実は確実に進行しているっていうのがほのめかされるわけです。ニュースの映像であるとか、それこそちょっとサイレンが鳴っているであるとかっていうんでほのめかされる。いわば、セッティングの部分です。物語が本格的に動き出す前のセッティングの部分。つまり、画面上初めてはっきりゾンビが登場して主人公に襲いかかってくるまでの展開。セッティング展開。で、他の通常のゾンビものと比べても、このセッティングが今回の「アイアムアヒーロー」かなり長めに、じっくり描かれていると思います。最初に、初見で観た時は「ここ、こんなに長い必要あんのかな?」ってちょっと脳裏をかすめたぐらい長いです。これは、完全に原作漫画の、特に単行本1巻目の構成を意識したペース配分っていうことです。
原作漫画1巻は日常描写に費やされる
つまり、原作漫画の1巻目っていうのは、大部分主人公の漫画家としてのうだつのあがらない日常描写っていうのにずーっと費やされるわけです。「あ、こういううだつのあがらない漫画家の話なんだな」と思って、ずっーと、それこそ連載で読んでると、単行本1巻目の終わりぐらいで「うわーっ!」ってことが起こるという、そういう構成のバランスを意識しているのは間違いないと思う。で、実際そのセッティング部分がやや長めに取られていればこそ、つまり、「ああ、こんな感じがずっと続くのかな」っていうまさに主人公の心情であり、まったり感みたいなのが観客にも「なんか、まったりしてんな、こんな感じが続くのかな」っていう。でも、不穏な記号はいっぱい要所要所で入って、緊張感はずっと続いてるんだけど、長めにまったり感が続くからこそ、その後に待っている、まさにずーっとまったり続いていくようだった日常が崩壊していく様っていうのが、より、要はこういうことです、「えっ、嘘でしょ?」っていう。「えっ、嘘だよね?えっ、嘘、嘘でしょ?嘘でしょ?」っていう、この感じです。これが増すということなんです。
画面に最初にゾンビが登場して襲いかかってくる場面
で、その最初の「えっ、嘘でしょ?」っていう。これが最初に発動する瞬間。言うまでもなく、それは画面に最初にゾンビが登場して襲いかかってくる場面。要はこのゾンビ映画というジャンルの最重要ポイントのひとつなわけですけど。まずここが映画「アイアムアヒーロー」、うならされます。最初のゾンビが登場するところ。具体的には、主人公の「てっこ」という恋人がいるわけです。映画版では片瀬那奈さんが、原作漫画よりややキツめのキャラ造形でバランスで演じられてますけど。とにかく彼女が劇中第一号ZQNこと、ZQNと言われるゾンビとして現れるわけですけど。まず、主人公が閉まってるドアの新聞受けの穴から覗いた。そうすると、向こうからベッドに横たわったてっこちゃんのシルエットが動き出して、っていうのは原作漫画通りの見せ方なんだけども。本作、今回の映画版はシルエットが動き出してっていう、その動きそのものに「ああ、もうなんか人間ではない何かになってしまった」感、動きそのものにそれを入れ込んでいる。
エクソシスト的な
まあ、「エクソシスト」的なアレ込みでっていうことなんですけど。つまり、しっかり映画ならではの怖さに、この場面を変換してるわけです。この映画は。で、加えて、ZQN化、ゾンビ化したてっこさんがはじめて顔をモロ見せする瞬間。そこで、ぶっちゃけ片瀬那奈さんがゾンビ役をやるっていう時に、皆さん、「まあ、だいたいこんな風なメイクで、こんな感じの動きで、こういう感じのゾンビ演技をするんだろうな」って想像がつく範囲、っていうのがあるじゃないですか。特にやっぱり、日本で作られるゾンビ映画で、片瀬那奈がやるのは「まあ、だいたいこんな感じのゾンビ演技でしょ?」っていう、想像がつく範囲。でも、今回の「アイアムアヒーロー」の場合、その片瀬那奈さんのゾンビ化した顔がバッ!って出てきた時に、「片瀬那奈がゾンビっつったら、まあだいたいこんなもんだろう」というこっちの予想をはるかに、数段上回るエグい顔が、ドーン!ッと突きつけられるので、「ギャーッ!」となるという。
ゾンビそのものがここまで怖い
で、今回本当に感心するのは、まさにこのゾンビ、ZQNの造形です。先ほどのメールにあった通りです。ゾンビそのものがここまで怖いっていうのは結構珍しい。単に顔を灰色にしましたっていうんじゃなくて、目玉が変な方向向かっちゃってるっていうのも含めて、うっ血してるからなのか、なんか顔も変形しちゃってたりとか、ところどころ、それこそ藤原カクセイさんやってらっしゃったけど、「寄生獣」的なそういう変形とかも含めて、とにかくゾンビという設定を超えて、純粋に見た目だけで強烈な生理的嫌悪感を感じさせる造形になってる。あの漫画家のアシスタントの女の子が向こうの曇りガラスのところからドーン!って現れた時のあの顔とか、もうハマープロの「蛇女の脅怖」みたいな顔になっちゃってて。とにかく、「寄るな!生理的に無理!」って顔になってるっていう。
ZQNの見た目について
このように、例えば、それぞれのZQNの見た目もそうですし、生きてた頃の記憶を残してるというのはもちろんジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」、それもそうなんです。生きてた記憶があるから、ショッピングモールに集まっちゃうっていう設定はもともとあるんだけど伝統的に。ただ、それがそれぞれのZQNとしての行動どころか、言動です。ちょっとしゃべるから、今回のゾンビは、その記憶に従って。はっきり個体差、個性を醸し出す描写がすごく丁寧になされてて。ゾンビっつっても十把一からげに描かれてないんです。なので、ZQNたちは大量に劇中で殺される。特にクライマックスは100体級で殺されてくわけですけど、1体1体、ちゃんと違うんです。動きから、しゃべってることから。そこに個性がきっちりあるんです。だから、怖さもそれぞれ違うし、戦い方も違うわけです。なので、アクションにも当然バリエーションが出てくるし、おかしみと、やっぱ悲しみを増すというあれになってて、本当に素晴らしいというふうに思います。
いろんな過去作の、過去ゾンビ映画の定番的なもの
ということで、感染・全力疾走系ゾンビってことでいえば、リメイクされた方の「ドーン・オブ・ザ・デッド」から始まって、「28日後」「28週後」。特に、「28週後」の半感染というか。キャリアだけど発症はしていないという設定なんか、特に「28週後」っぽいなっていうのはあったりしますけど。いろんな過去作の、過去ゾンビ映画の定番的なものは入っているし、影響は受けてるんだけども、ゾンビの造形、描き方にオリジナリティがあるというだけで、はっきり言って、もうこの時点で十分偉いです「アイアムアヒーロー」。この時点で、もう世界的評価に値するゾンビ映画だと思います。さっきのメールにあった通りだと思います。
拡大していくプロセスを計算しつくされた長回しの1ショットで
なんですけど、今回の映画版「アイアムアヒーロー」、そこからがまたさらにすごくて。街中を逃げまどう主人公・英雄の視点から、次第に事態がだんだんだんだん巨大化してって、広がってって、取り返しのつかないレベルへと広がっていくというプロセスを、英雄の視点から極めて緻密に計算されつくした長回しの1ショットと絶妙なカット変わりポイントっていうその積み重ねで、どんどんどんどん事態が、「あれ、あれ、あれっ?」、さっき言った「えっ、嘘でしょ?えっ、嘘でしょ?えっ、嘘でしょ?ええっ、嘘でしょ?嘘でしょーっ!?」っていう。その事態の拡大っぷりというのが、本当に主人公視点から、広がってく様が見事に計算されつくしたカットの積み重ねで、素晴らしいスケール感とともに。実はそんなビッグ・バジェット、ハリウッド映画と比べればそんなバジェットじゃないでしょうけど、もう十分なスケール感とともに表現されきってるという。ここ、本当に素晴らしいです。先ほど言ったキューバ産のゾンビ映画「フアン・オブ・ザ・デッド」の途中で、パニックになっている街中を長回しで見せるっていうショットがあって、これ本当に素晴らしくて。それを見た時に、「日本、キューバに負けてんじゃん。こんなの、日本じゃ作られないだろうな。」って思ってたんだけど。俺、「フアン・オブ・ザ・デッド」の街中長回しシーンを、本作は匹敵するどころか、ほとんど俺勝ってると思います、今回は。「勝ったぞ!『フアン・オブ・ザ・デッド』に!」っていうぐらいだと思います。
ワクワクする展開
しかも、そこから怒涛のもう、つるべ打ちです。ワーッて事態が広がってって、「うわっ、マズい、マズい!嘘でしょ?嘘でしょ?嘘でしょーっ!?」ってとこから、怒涛のカーアクションシーンにまで突入までしてくれちゃうという。この展開 to 展開が、重箱みたいにどんどん重なっていくみたいのがもう大好きで、僕。超ワクワクして。これが約20分ぐらい、ノンストップ展開が続くんですけど。もうその間、「幸せか!幸せか!」って思いながらずっと観てましたけど。
後半はショッピングモールの籠城戦
で、いろいろあって、後半はショッピングモールの籠城戦。で、真の敵は人間同士っていう、これはまさしくジョージ・A・ロメロのオリジナルゾンビイズムそのものだというふうに思います。ここをもって、非常に定番的展開ではありますけど。屋上の空間と下にいるゾンビたちの世界との対比っていうのは、今度はリメイクの方の「ドーン・オブ・ザ・デッド」的だったりするなというふうに思いましたけど。そういう意味で、定型的なとこは押さえてるっていうか、取り入れてるんだけど、例えばそこで出てくる武装した男たち。これ、アメリカだったら当然、銃器で武装した、頭にも南軍の旗巻いたようなやつらが出てくるんですけど。今回出てくるやつらは、いきがってるんですよ。このいきがりっぷりがまたたまんない。岡田義徳さん演じるヤカラっぷりも本当に最高ですし。取り巻き、下っ端のチンピラたちの、一人ひとりの顔のやだみとかも、本当に完璧なんですけど。とにかくいきがってる、ヤカラぶってる男たち。暴力的にその場を支配してる風なんだけど、「武装」って言ってんだけど、電動エアガンなんです。で、ここがまさに、さっき言った日本ならではのゾンビアクション。本質として、去勢された男たち性っていうのがやっぱりここでも出ているわけです。ボス役、集団まとめてる吉沢悠さん演じる伊浦くんというキャラクター。原作通りオーバーオールを着てるんですけど。これが、非常に切れ者だけど、本質としてちょっと幼児的な未成熟感っていうのを示しているのは非常に見事な感じ。これもやっぱり去勢された男性性というところで。そのくせ、性的に支配してるつもりでいやがるっていうあたり、本当にクソ野郎度ハンパじゃない。しかも、この後、彼の裏切りっぷりは原作の伊浦くんよりさらにクソ野郎度5割増しぶりっていうぐらいで、最高な感じになってましたけど。
長澤まさみの藪さんという役
で、それに対して、そういう男たちの、いくらエバったって本質的に去勢されてる感じに対して、文字通り身体を張って女たちを守っているらしい、長澤まさみの藪さんという役。あれの男前感。これ、まさにフュリオサです。まさにフュリオサ。「マッドマックス デス・ロード」な感じも本当に素敵すぎる。長澤まさみ、本当にハマり役。ラストの名乗り合いとか、完全に俺は「マッドマックス フューリー・ロード」意識してんのかな?ぐらいに思いましたけど。もうフュリオサに見えました、長澤まさみが。彼女なりのリデンプションでもあるというあたりも本当「デス・ロード」です。ということじゃないでしょうか。
定型的な設定でも、日本ならではのゾンビ映画としてのオリジナリティ
とにかく、定型的な設定はいっぱい使ってます。使ってるんだけど、しっかりそこに日本ならではのゾンビ映画としてのオリジナリティ、物語的必然性をきっちり込めてるんです。そこは本当に偉いと思うし。で、それが極に達するのが、ロッカールームで、次々、もうどうしようもなくなっちゃって、怖いしっていうんで、主人公の鈴木英雄がロッカーに閉じこもってしまう。原作にも、このロッカーに閉じこもるという場面はあるんですけど、ここで、僕よく言ってます、ダメ人間がなけなしの良心や勇気をふり絞って、ようやく立ち上がって利他的な行動を取るっていう話は、それ自体すごい感動的で。いろんな映画もありますし、僕大好物な話なんだけども、なけなしの勇気をふり絞るっていうこと自体がどれだけ大変なことかっていうのにスポットを当てて、そこをこそエモーショナルに、映画的に見せてくれる。これが今回の映画版「アイアムアヒーロー」本当に名場面で。「助けに行け、俺!男だったら助けに行け、俺!・・・ダメだー!怖いよー!・・・助けに行け、俺!助けに行け、俺!・・・ダメだ、怖い!」って。この、本当に人間的としか言いようがない煩悶の繰り返しが、こんなに感動的に、まさに原作にはない映画的な見せ方をしているし。さらにそこで主人公が、それでも!って立ち上がる時に、このロッカー内の鏡で自分の顔を見てっていう。感情の流れの作り出し方とかも非常に自然で巧みっていう。文句なしの名場面だと思います、ここは。ここはもう、僕はほとんど号泣に近いぐらいなっちゃってましたけど。
もう発射しまくり
で、そこから主人公がついに、さっきからから言ってる去勢状態を脱して、文字通り「発射」しまくるわけです。もう発射しまくりです。ブッカケ祭りです。クライマックスバトルはもう、ゾンビ映画多しといえど、ワーッて来た時に、どうやって逃げるって話になるとか、んで倒してくっていうのはあるにしても。どうやって逃げるって話になる映画はあっても、この数と全部対峙すると、この数を全部倒すっていう戦い、消耗戦、も多分珍しいんじゃないかと思うんです。で、場所を、漫画はもうちょっとオープンな空間だったのを、トンネル戦に限定したことで、より空間的にも映画的に見せやすい感じになっていたのも非常に上手いと思いますし。なによりも、さっき言ったようにアクションと人体破壊のバリエーション。これは、そもそもそれぞれのZQNをちゃんとバリエーションをもって作ってるし見せてるからなんですけど。が、すごく豊かで。延々続く殺しなんだけど、それぞれに、ちゃんと殺しそのものにドラマがあるし、面白みがあるというふうになってる。このあたり、モールに移ってから、完全に韓国ロケで。しかも、韓国現地スタッフでやってるそうですけど。このへんの協力。アクションコーディネートとかもそうですけど、最良の結果を生んでるシーンじゃないでしょうか。見事なクライマックスだと思うし。
ラスボス戦
その上、ラスボス戦まであるっていう。ラスボス戦まで用意してくれるの。ゾンビ映画でラスボス戦っていうのは結構、どういう設定なんだよってことになりかねないけど、ちゃんと納得できるラスボス用意されてて。サービス満点か!ってことです。しかもそのラスボスの造形、形が、彼がフォーンってやるとこの演出もよかったですけど。ラスボスの造形が非常に男根的っていうか、ファルス的じゃないですか。それなのも、「去勢された男」対「ザ・男根」との戦いっていうのも、ちゃんとこの物語の最後の戦いとして相応しい構図になってるということで。もう大興奮でございます。
で、もう最後に、有村架純の一言がくればもう、泣きますよ、それは、私は。
最後に、有村架純の一言
ということで、ほぼ!ほぼほぼ文句なしです!ほぼほぼ。あえて、これはもう本当にあえてです、本当にあえて言えば、最初に映画に出てくるZQN第一号になる彼女のてっこさん。片瀬那奈さん演じてるてっこ。漫画だと非常に、本当に優しい彼女っていう感じになってるっていう。でも、この映画でも、やっぱりラブラブモードに戻ったところでの、ゾンビになってしまうので。悲しい話なわけじゃないですか。なので、そのてっこちゃんと別れて逃避行に行きますよね。その後、あまりにも、ジェットコースターな展開続くんで、気になんないっちゃ気になんないんだけど。例えば、神社で一息ついてる時とかに、ちょっと主人公、1回ぐらいは彼女が死んじゃった、もしくは彼女を殺したということに、1回ぐらい、想いを残すところはあってもいいんじゃないかな。なんか、ちょっと薄情に見えるぞっていう。彼女のことなんかすっかり忘れちゃって、女子高生の胸元を見て、唇見て、「お、おう」なんて言って。「お前、なんか呑気だな、この野郎!」みたいな。ちょっとそこは、もうちょっとここで、てっこのことを想ってなんかしょんぼりとか、あってもいいんじゃないかなと。
女子高生・比呂美ちゃん
あと、女子高生・比呂美ちゃん。特殊体質、さっき言った「28週後」的なって言いましたけど、そういうことです。なんだけど、僕らは、いろんなゾンビ映画を見てるから、「ああ、『28週後』で見たあの理屈、ああいうことなんだろうな」って思って汲みとってあげられちゃうし、原作だとちゃんとその後で、どういう理屈なのか、来栖っていう新体質の人類が出てきてっていう説明が出てくるんだけど。少なくとも、この映画の中だと、比呂美ちゃんっていうのの体質に関して、理屈がちょっとなさすぎて。「そういうこともあるらしい」で流されちゃってるのが、ちょっとそこは不親切っていうか、ちょっと雑ではあるかなというふうには思ったりしました。
ただ、演じてるのが、いいっすか皆さん、有村架純ですよ!有村架純なんですよ!したらアンタ、それはもう無条件で、「俺が君を守る!」。これはもう、全員が言うでしょう、それは。「俺が君を守る!」って言いますから、それは、ということでございます。実は暗い過去があるっぽいっていうのは、映画だとちょっとほのめかされる程度ですけど。その実は暗い過去があるっていうのを、有村架純さんの全部悟ったような感じっていうので表現できているし。あと、母性的な器のデカさみたいなのも感じさせるあたり、もう見事な、もう有村さんがいればそこにいいんです、もう。なんか「後半空気」とか言ってるけど。韓国ロケで、「自分は寝っ転がってるだけの役でやることない」件は、有村架純さん自身も気にしていたってインタビューで言っているんだから、そういうこと言うなよ!彼女は俺が守る!
さすがの大泉洋さん
大泉洋さんはさすがのもんでございました。本当に。他のキャストも本当素晴らしくて。漫画家役のマキタスポーツさんのヤダみとかも本当完璧ですし。あと、アシスタントのいちばん偉い人のドランクドラゴンの塚地さん。ああいう役をやられてると最高。あと、変形する時の顔とかがやっぱり、ZQNになっちゃう瞬間の顔とかが、もうあの顔でよかったなって。ちなみに、主人公・英雄役。ドランクドラゴンの塚地さんが出てるんだったら、ドランクドラゴンの鈴木さん。本当に文字通り名前も同じだし、イケるよね?っていう。リアル鈴木英雄はドランクドラゴン鈴木さんじゃないのか?っていう。「その気になれば人を殺せる」って言い張ってるとことかも近いっていう。
佐藤信介監督
佐藤信介さん、監督ね、これまで「図書館戦争」とか「万能鑑定士Q」とか、いろいろ撮られてて。僕「GANTZ」の特に前編の方は結構嫌いじゃなかったりするんですけど。いろいろ撮られてて、それぞれにやりたいことがあるのは分かるけど。例えば「図書館戦争」だったらガンアクション、そういうのをちゃんとやろうとしてるっていうのは分かって。意欲は毎回ある人だなとは思ってたんですが。なんならこれまでの作品は、この映画版「アイアムアヒーロー」のための練習だったのかっていうぐらい、本当に段違いの、ケタ違いの完成度だと。もう、本気の本気出せばここまで来たんだっていうことだと思います。
東宝もよくこれ、踏み切ってやりましたし、よくR-15で済んだなっていう感じだし。作った人全員に、その志に本当に拍手を送りたい気持ちで一杯でございます。
本当に、グロいのがダメじゃなければ、今、僕、シネコンでかかってるような映画で、「普段あんまり映画観ないんですけど」っていう人に勧めるとしたら、「ズートピア」か「アイアムアヒーロー」です。っていうぐらい、おすすめ。めちゃめちゃおすすめ。最高でございました。ぜひ劇場でウォッチしてください!
書き起こし終わり。
○○に入る言葉の答え
「②日本ならでは!主人公が「”去勢”された男」の物語」でした!