ヒメアノ〜ルのライムスター宇多丸さんの解説レビュー
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RHYMESTER宇多丸さんがTBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(https://www.tbsradio.jp/utamaru/)
で、吉田恵輔監督作「ヒメアノ~ル」のネタバレなし解説レビューを紹介されていましたので書き起こしします。
映画視聴前の前情報として、また、映画を見た後の解説や考察レビューとして是非ご参考ください。
宇多丸さん「ヒメアノ~ル」解説レビューの概要
①「疎遠になった友達、通称『元トモ』特集」コーナーそのままの映画!
②観ていて心配にすらなる森田剛の怪演
③中盤で起こるスリリングな「○○と○○関係の逆転」
④イマジナリーラインを混乱させてまで同時進行感を出した「セックスシーン」と「殺人シーン」の意味
⑤この世の救いのなさを真摯に見据えているからこその、ラストの結末
※○○の中に入る文章は、この記事の1番最後で公開しています。
TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」でラジオ音源を聞いて頂くか、書き起こし全文をご覧頂くか、この記事の1番最後を見て頂く事で判明します。
映画「ヒメアノ~ル」宇多丸さんの評価とは
(宇多丸)
映画館では今も新作映画が公開されている。一体誰が映画を見張るのか。一体誰が映画をウォッチするのか。映画ウォッチ超人「シネマンディアス宇多丸」が今立ち上がる。その名も、「週刊映画時評 ムービーウォッチメン」。
毎週土曜夜10時から、TBSラジオキーステーションに生放送でお送りしている「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」。ここから夜11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと「シネマンディアス宇多丸」が毎週自腹でウキウキウォッチング。その監視結果を報告するという映画評論コーナーでございます。
今夜扱う映画は、先週「ムービーガチャマシン」を回して当たったこの映画。「ヒメアノ~ル」!
「行け!稲中卓球部」「ヒミズ」などの古谷実による同名コミックをV6の森田剛主演で実写映画化。淡々と殺人を重ねていく男と、ビル清掃会社で働く平凡な男の日常が同時に語られていく。共演は濱田岳、ムロツヨシ、佐津川愛美ら。監督は「さんかく」「ばしゃ馬さんとビッグマウス」「銀の匙 Silver Spoon」の吉田恵輔さんということでございます。ということで、この「ヒメアノ~ル」もう観たよというリスナーのみなさま、ウォッチメンからの監視報告、メールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、普通よりちょっと多めということです。非常に結構、注目度が高い作品。評価も高い感じなんで。賛否でいうと、7割の人が「絶賛」。残り3割の人が「普通」もしくは「いまいち」という反応。「今年最高の傑作」「見終わった後、何日も引きずった」という感想や、「ラストでは思わず泣いてしまった」という人も。また、森田剛ファンの人からも、概ね好評だった。まあ、すさまじい役ですけど。褒めるポイントで集中していたのは、森田剛の演技と、タイトルの入るタイミング。一方、「原作とテーマが変わってしまっている」として否定的にみる人も、ちらほらといたということでございます。
代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「ソースタロウ」さん。ちょっといろいろ書いていただいてるんですが、ちょっと省略して最後の部分だけ読ましてください。
映画「ヒメアノ~ル」を鑑賞した一般の方の感想
*ソースタロウさん
ある時点で時間が止まっちゃった人の悲しみと、残酷さをまざまざと見せられた素晴らしいバイオレンス映画だった。傑作。
*シオリさん(28歳・会社員)
私はV6のファンで、森田剛君の演技力を知っていたつもりでしたが・・・
(宇多丸)
舞台とかですごく定評、評判は聞くんですけど。
*シオリさん(28歳・会社員) 続き
今回の「ヒメアノ~ル」でほんの一部しか知らなかったのだと思い知らされました。これから恐怖が始まるということを改めて突き付けられるタイトルの入り方にはゾッとしました。蓄積されていく森田への嫌悪感。トラウマを理解すれどできない同情。それでもラストシーンは切なくなってしまい、涙が出ました。簡単に人におすすめはできないけど、この作品を観ることができてよかったです。
(宇多丸)
ということでございます。一方ダメだったという方。
映画「ヒメアノ~ル」批判的な意見
*シッカンさん(23歳・男性)
観終った感想としては、「なぁんか見覚えのある怖さだな」という感じです。原作は読んでいないので分かりませんが、セックスシーンと殺人シーンを交互に見せ、2つのエクスタシーは実は似ているんだよ的な部分や、同級生の死体の前で自慰行為を行う部分と、誰にでも分かりやすい「ザ・狂気」といった感じで、どこか新鮮味がありませんでした。要は、映画のストーリーやその登場人物によってのみ生み出せる映画的恐ろしさではないのだと感じました。グロいシーンで人の好奇心を刺激しただけのような、打算的いやらしさすら感じました。
(宇多丸)
という、非常に否定的な意見ではございました。
「ヒメアノ~ル」宇多丸さんが鑑賞した解説
ということで、「ヒメアノ~ル」。私もヒューマントラストシネマで2回観てまいりました。やはり、森田剛さんファンということなんですかね、若い女性を中心に、結構昼の時間帯だったんですけど、かなり入ってました。とにかく、ムービーガチャ。ガチャガチャを回して当てるというシステム。先週のリスナー推薦枠に入れさせていただいたこの「ヒメアノ~ル」。推しのメールはいくつも来ていたんですが。その中で、あえて読ませていただいたメールは、当番組の「ウィークエンド・シャッフル」の特集コーナー「サタデーナイト・ラボ」。後ほどやりますけども。ここ最近の中でもいちばんの問題作として知られる、「疎遠になった友達、通称『元トモ』特集」これございまして。これ非常に問題作。2回やりましたけど。というのがありましたが、この「ヒメアノ~ル」という作品、まさにあのコーナーそのままの「元トモ映画」「疎遠映画」だったという内容のメールをいただいて、これは面白い、目立っているなということで読ませていただいたんですが。
「元トモ映画」「疎遠映画」
で、実際ガチャが当たって観てみたら、本当にそうでした!もうびっくりするぐらいのシンクロ率でした。もう完全に、疎遠特集。もちろん聞いて作ったら、どんだけ突貫なんだって、そんなわけない。本当にシンクロでございまして。だって、ラスト近くで流れる、ある回想会話があるんですけど、完全に僕が、疎遠特集のコーナー始めとか、番宣とかでしてた話そのまんまです。新入生同士、クラスで最初に声をかけてきたやつと、とりあえずは仲良くなったりするものだよね、っていう。だけど、ていう。あの話そのまんまじゃないですか。だから、僕はやっぱり、ずーっと観てる間、特にやっぱ2度目はどういうことになるか分かって観てるから、もう森田剛くんが「森田」という役で出るんですけど、森田が登場した瞬間に、で、森田を見て、主人公の濱田さん演じる岡田というのが、「あー、あれ?森田くんじゃん?」つって、あんまり親しくなかったから知らないっていうところからもう、胸が痛くて痛くて。
胸が痛くて痛くて
もう終盤とかは心をえぐられるような感じでした。で、正直ひょっとしたら、疎遠、元トモコーナー、もうあのネタで無邪気にゲラゲラ笑ったりはできなくなっちゃうかも、この映画観たらっていうぐらい。いや、そうじゃなくて、「ヒメアノ~ル」ショックが生々しい今だからこそ、近々にその第三弾特集をやるべきなのか、とか。そういうふうに迷っちゃったりするぐらい、僕は疎遠コーナー、元トモコーナーの発案者として、相当食らうものがありました。もう、はっきり言って食らった。
ということで、この番組のファンであるとか、あの特集にちょっとでもグッと来たというような方は、好き嫌いは分かれるところは確かにあるかも。非常にバイオレントな映画だし、突き放してるようなところもあるので、好き嫌い分かれるところがあるとしても、とにかくこの番組のファン、あのコーナーのファンだったらもう、必見だと思います。その意味だけで。これはもう、断言させていただきます。
原作漫画、古谷実「ヒメアノ〜ル」
で、原作その古谷実の2008年から連載が始まった漫画で、6巻で終わってる。これはこれで本当にさすが古谷実というか。特にラストの切れ味とか、さすが!っていう感じで。うわっ!っていう感じの切れ味で素晴らしいんですけど。
ただ、今回の映画化、先ほどチラッとありましたけど、脚本・監督の吉田恵輔さんによるアレンジがすごく大きいんです。忠実にやってるとこもあるんです。飲み会に連れて来られる、参加する女の子のルックスとかはすっごい忠実に漫画通りやってたりしますけど。ただ、相当実は全体としてはアレンジが大きくて。たとえば元の漫画の方は、連続殺人鬼化していく森田という男の視点、心情で進んでく部分がすごく多いわけです。
元の漫画の森田と映画の森田
で、主人公の岡田とのクロスポイントは割と薄めだったりするわけです。あと、たとえば殺人鬼化していく森田自身も、漫画の方でははっきり、もう自覚的に快楽殺人者だったりする。人を殺すことそのものに性的快楽を感じるという自覚があったりするため、ある意味、テーマからして根本的に変えられてるとすら言えるので。それこそ、元トモ要素みたいなことは完全に映画オリジナルで足されてる部分だったりするので。あまり、古谷実の漫画の映画化という部分での期待の仕方はしない方がいいかもしれないです。原作漫画がすっごい好きな人によっては、ちょっとそこの部分で失望することはあり得ると思います。俺もう本当にクレジットは「原案」っていう言い方でいいんじゃないかな?っていうぐらいだと思いましたけど。
これはどこまでも吉田恵輔の映画
それよりもやはり、そのぐらい、これはどこまでも吉田恵輔の映画なんだなというふうに私は思いました。吉田恵輔さん、作品、もちろん代表作は大傑作「さんかく」ということになるでしょうけども。このコーナーでは以前、「ばしゃ馬さんとビッグマウス」。作品的には2個前になるのかな?を、2013年11月23日に取り上げました。で、絶賛させていただきましたけど。で、その「ばしゃ馬さんとビッグマウス」を僕がリアルタイムで評した中で、僕は吉田恵輔さん、脚本・監督作品に通底するものとして語ってることが、自分の番組放送用にノートを書いてるわけです。そのノートを見返してみて、我ながら!我ながら!完全に今回の「ヒメアノ~ル」までを見通している吉田恵輔論になっていて。我ながら鋭い!この男の評、なかなかである!というふうに思ってしまったというぐらいなんですけど。
吉田恵輔監督は胃がキリキリと痛むような喜劇の名手
どういうことかっていうと、基本、コメディー・喜劇が多いというイメージがあると思います。吉田さん。なんだけど、僕のその時の言い方では、こういうことです。むしろホラー的だったりサスペンス的だったりする、胃がキリキリと痛むような喜劇の名手だということです。喜劇の中でも。どういうことかっていうと、主人公たちがこう思ってる。「世界っていうのはこういうもんだ」っていうふうに主人公たちが思ってる。でも、それは勝手な思い込み。その思い込みが、あるポイントで覆される。「人間とか世界っていうのはお前らがもともとこうだと思ってたものとは、実は全然違うものなんだよ」ってことが、あるポイントではっきりする。
作品のトーンが変わる時
表面上、いくら穏やかに見えていても、一皮剥けばその本質は実はものすごーく残酷だったり無情だったりするんだよっていうのが明らかになる。で、そういう真実が途中で明らかになって先、作品のトーンが、それまでコミカルだったり喜劇調だったのが、ちょっとトーンがガラッと変わったりするという。つまり、コメディー・喜劇に見えていたような作品が、途中あるポイントで突然、世界っていうのが恐ろしい本当の顔です、世界の本当の顔っていうのがあらわになる。残酷だったり無情だったりする、本当の顔があらわになった先は、ホラー化していったりサスペンス化していったりするという、そういう作風。要約すれば、概ねそんなことを僕はその2013年の「ばしゃ馬さんとビッグマウス」の時点で言ってたんですけど。吉田恵輔さんの作家的資質として。これ、完全に今回の「ヒメアノ~ル」そのものの話にもなってます。さすが俺!っていう。さすが俺!的確!っていうことだと思うんですけど。
中盤まではラブコメ
とにかく、上映時間99分のだいたい半分ぐらいまでは、まあこんな話です。困った先輩の片思いの相手と僕が秘密の関係になってしまい・・・っていう。みたいな、まあ「翔んだカップル」とかの序盤みたいな、まあラブコメ話なわけです。ちなみにでも、そういえばその「翔んだカップル」、柳沢きみお漫画、「翔んだカップル」も、出だしこそは軽いラブコメとして始まるけど、その後どんどんどんどん話は重くなってって、最終的には、死者・自殺者・自殺未遂者出てくるという、非常にハードな展開になってくという漫画だったりしましたけど。ともあれ序盤はそういうラブコメ展開。「ヒメアノ~ル」、最初の45分ぐらい、ラブコメが続くわけです。
とにかく濱田さんがうまい
で、ここも岡田という、事実上の主人公を演じる濱田岳さんの非常に芸達者ぶりも相まって、本当に普通にコメディーとして笑える。とにかく濱田さんが、本当にセリフのちょっとした間とか。あと、微妙な目の泳がせ方とか、本当に上手くて。いわゆるベロベロバー演技ではなく笑わすのが本当に上手いなというふうに思いますし。で、それに相対するヒロインの佐津川愛美さんの、なんて言うんですか、やっぱり、エロかわいさでしょう。これもあって、非常にラブコメとして前半楽しく観れると。
ムロツヨシさん演じる安藤
なんだけど、まずその困った先輩・安藤さんっていうのを演じてる、原作漫画の方はもっと安藤さんのキャラクターはわかりやすくコメディー的。で、むしろだからそこのコメディー感に関しては非常に安心して読める感じになってる。殺人鬼となっていく森田の話とは全然違うトーンとして読めるんだけど。今回の映画版だと、その安藤さんをムロツヨシさんが演じてて。ムロツヨシさん、どっちかっていうと漫画とは逆のアプローチというか。漫画だと、ものすごい表情豊かな、ワーッてなっちゃうようなエキセントリックに表情を変えるような感じなんだけど、今回のムロツヨシさんは逆のアプローチで。無表情方向にデフォルメした演技をされてて。で、それがなんか、そこはかとない不穏さ、一皮剥けばこいつ本気でヤバいんじゃないかな、微妙な緊張感、をちゃんと前半持続してる。だってムロツヨシさん、よく考えたら、三宅隆太さん監督の「呪怨白い老女」の殺人、手をくだしちゃう人になっちゃうわけだから。そういう危うさは全然演じられる人なわけで。だから、安藤さんのヤバさっていうのがある種、緊張感の持続。前半ラブコメなんだけど、ちょっと緊張感にもなってるし、ということです。でもラブコメ話続いてる。
話がひっくり返る
あるいは、普通のラブコメに見えるんだけど、男側が女の人っていうものに勝手に抱いてるファンタジーっていうのが、実は女の人ってそういうことじゃないぜっていうのがひっくり返るみたいな。これは本当に吉田恵輔作品の繰り返し出てくる話です。男しようもなっていう。女に勝手なファンタジー抱いてっていうような、のが出てきたりすると。なので、普通のラブコメよりやっぱりちょっと、若干意地悪な緊張感がキープされていると。
殺人鬼となっていく森田役の森田剛
そして何よりも、やっぱり殺人鬼となっていく森田役の森田剛です。森田役の森田剛っていうところがもう大丈夫か?っていう感じなんだけど。お話上、まだ何もしてない段階でも、森田剛さん演じる森田、はっきり伝わってくる、人として何か重大な欠落があるんじゃないか、こいつは?っていう感じ。なんにも構わない類の人間の怖さっていうか。なんにも構わないタイプの。ていうのが、なんかすごく後を引く、いやーな感じを前半、何も起こっていないのに残すという感じになっている。で、これはもう本当にいくら言っても言いすぎということはないと思います。とにかく、森田剛。この作品、もうちょっと心配になってくるほどです。だって、V6まだ普通に活動してんのに、ちょっと心配になってくるほど、本当に見事な、人としての佇まいからしての汚れっぷり、荒れっぷり。もう、そういう人にしか見えない、っていう荒れっぷり。それが今回の映画「ヒメアノ~ル」の非常に特別な価値というか、輝きを与えているのは本当に疑いの余地がないんじゃないでしょうか。
「ディストラクション・ベイビーズ」。同じ暴力的な日本映画。
2週間ぐらい前にやった「ディストラクション・ベイビーズ」。同じ暴力的な日本映画っていう意味でも、あれの柳楽優弥さん。非常に素晴らしかったですけど。ただ、柳楽優弥さん演じるあの役は、言ってみれば「ノーカントリー」のシガーじゃないですけど、暴力的なキャラクターにしても、もう突き抜けきってるからこそ、ある種の高潔ささえ感じさせるキャッチーさをたたえてるっていう。とは、非常に対照的です、今回の森田っていうのは。一番分かりやすいポイントは、レイプするようなやつかどうかっていうことです。レイプ、そんなことするようなやつかどうか。で、今回の森田はやっぱりレイプする側のやつなんです。本当に社会の底辺で生き続けてきた結果。そしてそこで少しずつ人間性をすり減らしてきた、削り取られてきたのであろう男。つまり、シガー的な、「ディストラクション・ベイビーズ」の柳楽優弥のあの役的な幻想など入り込む余地もない、本当に身も蓋もない現実っていうのをもう、泥のように身にまとって、匂いのように身にまとってしまってる。体現してみせるかのような森田剛の演じる森田がもう本当に、今日この表現多いんですけど、とにかくキツい!キツすぎる!で、褒めてます!っていう。すごく嫌です、褒めてます!みたいな。とにかく、この森田剛の森田がキツすぎる、褒めてます!もう、最大級に褒めてる。
森田剛の森田がキツすぎる
人の話を聞いてる時の、「ああ、ああ?ああ」って口。あと、目。普通に会話できてるだけに、でも、なんか全然心が通じた感じしない感みたいなことだと思います。ちなみにタイトルの「ヒメアノ~ル」っていうのは、トカゲの名前なんだよね。「捕食される側」っていうのの象徴っていうことらしいんですけど、「ヒメアノ~ル」ってのは。これはもちろん、森田の犯罪の被害者たちっていう。それはもちろん、捕食される側っていうのの象徴かもしんないけど、同時に、この森田、特に今回の映画だと、「社会の底辺に生きてる俺たちは、どん底から抜け出せないんだ」っていう彼のセリフがあったりするぐらいで。彼自身が社会全体の中では、生涯の捕食者、常に食い物にされる側であるという構造もあって、これがまたなんかこうイヤだー!褒めてます!っていうことです。
「見る/見られる関係の逆転」
ともあれ、さっき言ったように前半45分間かけて、ついにラブコメ的なストーリーがひとつのハッピーな着地を迎えたかに見えるその話。その瞬間です。実は、殺人鬼となっていく森田から、その光景は見返されていた。僕はこのコーナーでいつもしつこく言ってますけど、「見る/見られる関係の逆転」っていうのが映画でいちばんスリリングな瞬間に一つだと思うんですが、まさにそれが物語的に全体で起こる。今までのハッピーな着地が実は森田から見られていた。そのポイントからついに、これはだから皆さん絶賛されてるポイントです。ついに、本当の意味でこの「ヒメアノ~ル」という物語が始まるという。いかにもこれ、吉田恵輔さん好みのトリッキーな構成。吉田さんはこういう二部構成が多いんです。たしか「机のなかみ」もそんな、途中で一旦切れてタイトルが出てっていう流れやったりしてますけど。非常にトリッキーな構成がとにかく、これ内容からすれば不謹慎な言い方だけど、超ワクワクするっていう。うわー、うわー、始まっちゃったー、始まっちゃったよー!っていう。
少しずつ全体が画面もダークにクロスフェードしていく
で、そっから先は、画面のトーンとか、あと前「ばしゃ馬さんとビッグマウス」の時に「この人、実は衣装のスタイリングとかもすごく計算してやってると思う」って言いましたけど。衣装のたとえば色合いであるとかトーンに至るまで、少しずつ全体が画面もダークにクロスフェードしていくっていう感じだと思います。気がついたら、もう暗黒のところに踏み込んでる、っていう感じだと思います。で、もうそっからは文字通り転げ落ちるわけです。その森田という男。行き当たりばったりの連続殺人に手を染めていくわけですけど、この描写のキツさがまた、本当に素晴らしい。今回、特殊メイクとか特殊造形、グロ、バイオレンス造形をやっているのが、「アイアムアヒーロー」でも名前を出しましたけど、記憶に新しい藤原カクセイさんやってらっしゃる。さすがですねということなんですけど。
最初に直接的に劇中で殺人が描かれる被害者
例えば、最初に直接的に劇中で殺人が描かれる被害者。当番組でもお馴染み、名優駒木根隆介。そして、山田真歩さん。「サイタマノラッパー」カップルです。「サイタマノラッパー」に出てきたあのカップルの末路ときたらっていうことです。まず、ゴチン!ガチン!って頭殴られて、体がガーッて痙攣するっていうあそこ。クライマックスで2階からガラス窓をバリーン!って体ごと落下するっていう。僕は本当に、「ああ、こんなケレン味たっぷりの見せ方まで用意してくれて、本当に最高!」っていうふうに思ったところですけど。とにかく、ガーン!って殴られて痙攣と、2階からガラス窓をバリーン!で体ごと落下で外へって。これを合わせて「悪魔のいけにえ」オマージュだったりするのかな、なんていうふうに思ったりなんかしましたけど。とにかく、劇中最初の直接的殺人シーン。山田真歩さんの「あるリアクション」といい、先ほどメールであの方は否定的な意見でしたけど、主人公たちのセックスシーンとわざとイマジナリーラインを混乱させて。セックスシーンと殺人シーンの同時進行感を出す、非常に悪趣味な編集、これ褒めてます。悪趣味な編集込みで、本当にイヤ~な感じです。褒めてます!っていう感じです。
セックスシーンと殺人シーンの編集
しかし、あのイマジナリーラインを混乱させてまで同時進行感を出すセックスシーンと殺人シーンの編集は、僕の解釈はこうです。つまり、恋人たちの最も幸せな時間と、また別の恋人たちにとっては人生最悪の瞬間でもあるっていう。つまり、その二者は関係あるけど関係なくて、関係ないけど関係あって。ただ、この同じ世界に同時に存在しているっていう。で、これって現実そのものじゃないですか。我々がこうやってヘラヘラ、こうやって私が今話してますよね。今、この瞬間に凄惨な殺人ってのはやっぱり起こってたりもするわけです。これ、現実に、悲しいけど。ということなんです。その現実の容赦なさなんです、どっちかっていうと。
同時進行感で森田は殺人を重ねていくわけです
ということで、主人公たちの日常とは関係あるけど関係ない、関係ないけど関係ある、そういう同時進行感で森田は殺人を重ねていくわけです。たとえば、あの通りすがりの女の人。こうやってバーンってなって。で、まあレイプされかかると。生理中のナプキンからの、で、パッとカットが変わったと思ったら、もうブルーシートがかけられてたあそこの感じ、イヤだね~。褒めてます!とか、刃物による、執拗に背中ガッ、ガッ、ガッて刺す。イヤですね~。褒めてます!あと、「プライベート・ライアン」ばりの、抵抗する相手に対してグーッと押しこんでく、ゆーっくり胸に押しこんでくっていうパターン。イヤですね~。褒めてます!あと、後半。とある理由から入手したピストル。パーン!って。あの、「うっせー!」ってあれは映画オリジナルの描写で。いいですよ、やっぱ。耳栓もしないであんなところで撃ったら、そりゃうるさいですから。なかなか当たんないっていうのは漫画にもありましたけど。あれの、縛られた男に対するあの弾着。本当にイヤ~な弾着表現とか。褒めてますけど。とにかく、直接のゴアとかグロがそれほどあるわけじゃないんだけど、とにかく見るものの生理を逆撫でするようなバイオレンス描写にひたすらげんなり。楽しくないっていう。これは褒めてます。
「ああ、森田ここまで来ちゃってたんだ」
で、原作のその森田側の心情描写がほぼオミットされてる分、初めて彼の現状、つまり、「ああ、森田ここまで来ちゃってたんだ」ってのは主人公はだいぶ後になって気づくわけです。で、その岡田側の、「いったいこの間、君の人生に何があったんだ?」っていう。もちろん、苛烈ないじめっていうのは大きな要因になっているようではあるけど、そうやって、でもいじめだからこうなったって簡単に因果関係を分かった気にはさせてくれない作りにちゃんとなってるわけです。たとえば、やっぱり主人公がとらわれてる贖罪意識は実は関係なかったとか。なので、簡単にはそうやって因果関係できない。なにがあったんだ?どんな思いをしてきたんだ?そのわからなさ、理解のできなさ故の悲しさ、切なさがより際立つ作りに今回映画はなってる。
理解できていた頃の記憶
そして、これこそまさに疎遠、元トモ話のエッセンシャルなわけです。で、いまの森田のことはビタイチ理解できないが故に、理解できていた頃の記憶っていうのがとても大切に思えるっていうことです。これ、視点が入れ替わっていますけど、原作ラストと僕はちょっと通じていると思います。原作では、森田側の視点だけど、俺が人であることをやめ始めた最後の瞬間っていうのを思い出すっていうところなんで。で、この結末を、甘いって感じる人いるかもしんないけど、僕は逆だと思ってて。つまり、この記憶の大切さっていうのが、イコール取り返しのつかなさっていうのをより際立てて。この世の救いのなさっていうのを真摯に見据えてるからこそのこの着地だというふうに僕は思います。直前、クライマックス、途中での、「お前、本当人でなしだな」っていう描写がその後、森田がうっかりとってしまう、ある人間的行動の伏線にもなっているというあたり、上手いというかひどいというか。褒めてます!っていう感じです。
クライマックス。岡田と森田の対決という非常に映画オリジナルの展開
あえて言えばクライマックス。岡田と森田の対決という非常に映画オリジナルの展開。盛り上がって非常に最高なんです。ここは最高なんだけど。ピストルが使われた殺人があって、しかも、目的とされてる人物は主人公の岡田だってはっきりわかってるのに、その岡田のアパートにヒロイン1人で、警護もつかずに帰らせるってちょっと考えづらいです。はっきり言って警察は威信をかけて捜査してる段階だとは思うんで。ちょっとここは、たぶん絶対「今日は別の場所に泊まりなさい」っていうふうにあれするはずだし。ちょっと不自然な展開だったと思います。
住所がバレる経緯
住所がバレる経緯は、「ババァーッ!」っていう、この番組的なネタ感もあって面白かったですけど。ただ、まあ初見ではそんなことは僕はあんまり気にならないぐらい、本当に没頭してましたし。なにしろ、そのラスト。ガーッと胸を掴まれて。やっぱ吉田さん、ここのラストのエンドロール用の音楽が流れ出して、暗くなって、クレジットタイトルが出るタイミングとかがもう、涙腺を刺激させるタイミングそのもので。本当に素晴らしかったです、そのへん。で、日本のノワールとかバイオレンス映画、いつの間にか本当に超充実してきてるなというふうに思ったりします。ちゃんと前半笑って、で、嫌な気持ちになって。ハラハラして、最後は胸を締め付けられて。で、劇場を出ると世界がちょっと違ったふうに見えて。で、誰かと意見交換したくなるって。これが面白い映画ってもんでしょう!っていうふうに僕は本当に思いました。
正直、今年の日本映画、個人的には、またベスト級来ちゃったよ!っていう感じです。またこのレベル、来ちゃったの!っていうふうに思いました。あと、本当に個人的にも忘れがたい一作です。ちょっと思い出すとウッと来ちゃうような一作になったと思います。またしても日本映画、素晴らしい傑作が出てきました。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!
書き起こし終わり。
○○に入る言葉の答え
「中盤で起こるスリリングな「見ると見られる関係の逆転」」でした!