パラレル・マザーズの町山智浩さんの解説レビュー
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映画評論家の町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』(https://www.tbsradio.jp/tama954/)で、『パラレル・マザーズ』のネタバレなし解説を紹介されていましたので書き起こしします。
映画視聴前の前情報として、また、映画を見た後の解説や考察レビューとして是非ご参考ください。
町山さん『パラレル・マザーズ』解説レビューの概要
①パラレル・マザーズはスペインの映画
②パラレルは"○○○○○"という意味ですが、マルチユニバース物ではない
③ペネロペ・クルスはこの作品でアカデミー主演女優賞候補に
④不倫関係で不倫相手の子供を妊娠、出産する事に
⑤同日、同じ産院で17歳の女の子も同じくシングルマザーとして出産
⑥しかし17歳の女の子の子供は亡くなってしまった
⑦その後、ペネロペ・クルスとその少女は恋仲に
⑧ペネロペ・クルスの子供が実は取り違えで、今では恋仲になった少女の子供だったと判明
⑨パラレル・マザーズのテーマは何なのか、それはスペインの歴史を知らないとわからなかった
※○○の中に入る文章は、この記事の1番最後で公開しています。
TBSラジオたまむすびでラジオ音源を聞いて頂くか、書き起こし全文をご覧頂くか、この記事の1番最後を見て頂く事で判明します。
『パラレル・マザーズ』町山さんの評価
(町山智浩)今日はですね、スペイン映画の紹介なんですね。ちょっと珍しいんですが。11月3日に公開される予定の、『パラレル・マザーズ』というタイトル・・非常に奇妙なタイトルの映画を紹介します。これ、『パラレル・マザーズ』って言うのは、”パラレル”て”並行してる”ね、月とかで言うじゃないですか。並行している状態で何人もの母親がいるっていうような意味のタイトルなんですね。『パラレル・マザーズ』って。そうするとなんか、マルチユニバース物かと思うんですけど、そうじゃないんですが。これ監督はスペインの今最高の監督と言われているペドロ・アルモドバル監督で。彼はすごく色使いのポップな赤や青の原色を使って、非常にポップな映画を作る人なんですけども、内容的には非常にメロドラマを撮る人ですね。で、主演は彼のお気に入りの女優さんのペネロペ・クルスさんですね。非常に美人の。で、彼女はこれでアカデミー主演女優賞候補にもなってます。はい。でですね、このペネロペ・クルスさんが演じるのは、ジャニスというもう一流の売れっ子写真家でですね、すごい大金持ちなんですけど、彼女がある学者のアルトゥロという中年のおじさんと恋をして妊娠するんですが、この学者にはちょっと奥さんがいてですね、結婚はできないって言われちゃうんですね。
(赤江珠緒)うん。
ペネロペ・クルスはこの作品でアカデミー主演女優賞候補に
(町山智浩)でも私は産みたいっていう事で、まぁお金もあるしね。で、シングルマザーとして彼の子供を産むんですよ。で、病院に行って、産院で出産する時に同じ日に出産する17歳の少女がいて、アナという子で、その子はやっぱりシングルマザーになるっていう事でね、それでお互いシングルマザーってことで仲良くなって、同じ日に赤ちゃんが生まれるんですね、女の子の。
(赤江珠緒)うん。
(町山智浩)で、ジャニスは自分の赤ちゃんにセシリアっていう名前をつけて。で、退院した後もアナに、また会いましょうねって言って別れて、子供を育て始めるんですが、そこに一応、父親でアルトゥロが来るんですね学者が。赤ちゃんの顔を見た途端にね、俺の子じゃないって言うんですよ。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)肌が褐色じゃないか。これは違う。俺の子じゃない。って否定するんですよ。それでまぁ否定されちゃったもんだから、1人で育てていくんですけどジャニスさんはね。で、しばらくして、結構だいぶ経ってから、その少女アナと再会するんですね、17歳の。で、彼女は、家出してですね、カフェでウェイトレスさんをやってるんですけども。で、赤ちゃんどうしたの?って聞くと、あぁ、死んじゃったって言われるんですよ。
(赤江珠緒)えぇ。。。
(町山智浩)で、すっごい悲しそうにしてるんで、家に連れ帰ってですね慰めたりしてるんですけども。で、セシリアちゃんは順調に育ってるんで、その子を代わりにね、抱っこさせたりね。赤ちゃん死んじゃったから、そのセシリアちゃんを抱いてもうすごく嬉しそうにしてるんで、2人はちょっと一緒に住み始めるんですよ。ところが、アナは・・その17歳の少女アナは実はレズビアンだったんですね。
(赤江珠緒)ふんふんふん。
(町山智浩)で、ジャニスっていう中年の女性のカメラマンと愛し合うようなるんですよ。同性愛関係になっていくんです、2人が。でも、何か違和感がある訳ですよ。その赤ちゃんの事が。彼がね、俺の子じゃないって言った事がね。で、DNA検査をしてみるんですよ、自分と、赤ちゃんの。セシリアの。一致しないんですよ。
(赤江珠緒)わっ!
(町山智浩)ジャニスの子じゃないんです。
(赤江珠緒)えっ!
赤ちゃんのDNA検査で自分の子供が自分のDNAと一致しない
(町山智浩)で、今は愛し合ってるアナのDNAをこっそり取りましてですね、で検査したら、彼女の子なんですよ。
(山里亮太)えーー!
(赤江珠緒)取り違えって事?
(町山智浩)取り違えなんですよ。
(赤江珠緒)うわぁ。。
(町山智浩)で、自分の娘は実は死んじゃってると。彼女の、アナの方に引き取られて。でも、その事をもし言ったら、どうなるかと。そしたら、たぶんセシリア取られちゃうだろうと。これはもう育ててだいぶなるんで、できないと。自分の娘のような物だから。でもアナも愛してると。どうしようっていう話なんですよ。
(山里亮太)おお・・複雑。。
(町山智浩)で、パラレル・マザーというのだからアナもお母さんだし、ジャニスもお母さんなんで、パラレル・マザーなんですね。タイトルとして。で、ものすごく複雑で、にっちもさっちも本当にいかない話になっちゃうんですけども。まぁ、取り違え物だと是枝監督の『そして父になる』なんてのがありましたけどね。
(赤江珠緒)ありましたね。見た見た。
(町山智浩)あれは超エリートのね、福山雅治さんと、彼もすごい一流企業に勤めててね。高層マンションに住んでて。それとショボショボのリリー・フランキーの・・2人の父親が、子供が入れ替わっててっていう話でしたけど、あれは結構、社会の階級差みたいな事がテーマでしたけどね。
(赤江珠緒)はい。
(町山智浩)じゃあ、この映画は、『パラレル・マザーズ』ってのは一体何がテーマなのかと。いう事なんですが、これちょっと僕、わからなかったです、見終わった後。なんとなくはわかったんですが、はっきりとはわかんなくて。で、このアルモドバル監督のインタビューを読んだら、全く・・これはスペインの歴史を知らないとわからない映画だっていう事がわかったんですよ。
(赤江珠緒)ええっ。歴史?うん。
スペインの歴史を知らないとわからない映画
(町山智浩)歴史を知らないとわからないんですよ。これね、このジャニスの赤ちゃんの父親であるそのアルトゥロという学者さんの仕事は、法理学考古学者っていう非常に奇妙な仕事なんですよ。で彼がやってるのは、非常に昔の人の死体からDNAを取り出して特定するっていう仕事なんですよ。で、何やってるかって言うと、スペインにはものすごくたくさんですね、無縁仏がいるそうなんですよ。で、田舎の方に行くと、荒野とかを掘るといっぱい人骨が出てくるそうなんです。その数は10万とか20万とかなんですって。で、それを発掘していって、そのDNAを、その近所に住んでる人達のDNAを全部取って、一致させて誰なのかっていう事を調べていくっていう仕事をしているんですよ。
(山里亮太)えぇ〜。
(町山智浩)で、一体これ何でそんな状況になってるのって。
(赤江珠緒)確かに。ちょっと珍しい仕事ですよね。
(町山智浩)ねぇ。これ実は1936年ぐらいから、何年かの間に、スペインで20万人近くが行方不明になってるんですよ。
(赤江珠緒)20万人も行方不明?
スペインで20万人近くが行方不明に
(町山智浩)そう。これは一体何があったかっていうと、1936年にスペインで社会主義系の政党が選挙で勝利して、連立政権を作るんですね、民主政権を。で、その政権は、それまでのスペインというのはものすごく王家があって、それとカトリックがすごく結びついて、あと軍隊があって、非常にその政教分離が全くなされてない国だったそうなんですよ。で、女性には参政権がなかったり、中絶が絶対に禁止だったりして、非常にその宗教政権だったらしいんですけど、で、それに対して新しく1936年にできた政権はそうじゃなくて、普通の立憲主義の民主政権にしようという事で、まず・・離婚も禁じられてたんですね。離婚もできるようにするし、女性の参政権もね、法制化しようという事を公約に掲げて政権を取ったんですが、そしたらですね、カトリックのキリスト教会と王家とを結び付いてる軍部がクーデターを起こしたんですよ。で政権を奪い取って、そこからですね、その政権に味方した人とかですね、カトリックの教会に反対してる人達に対する大虐殺が始まったんですよ。
(赤江珠緒)えー・・こわ。。
(町山智浩)これね、すごい怖いんですが、フランコ将軍という人がねクーデターを起こして軍事政権を作るんですけど。軍事独裁政権を取るんですね。で、そこでまずカトリックじゃない人・・まぁいる訳ですよ少数ですがプロテスタントとか、あとは反教会の自由主義の人とか民主主義者、あと社会主義者、共産主義者、あとカトリック翼賛体制に反対していたインテリ、大学教授、ジャーナリスト、そういった人達を片っ端から捕まえて、みんな行方不明になっちゃうんですよ。
(赤江珠緒)えーー・・。
フランコ将軍が軍事独裁政権をとり反対派が次々と行方不明に
(町山智浩)それだけじゃなくて、スペインの少数民族がいるんですね。あの、ジプシーって言われる、まぁロマって言われる人達ですね。この人達はインドの方から来た人達なんですけど。あとユダヤ系の人とかね。あと少数民族でバスクとかカタルーニャの人とかもいる訳ですね。で、そういった人達をもう、虐殺していったんですよ。
(赤江珠緒)えぇ。。
(町山智浩)これがね、その時は行方不明っていう形になってて、この村に例えば政府に反対してる奴がいるだろう、とか、社会主義者がいるだろうとか言って、インテリの人とか、ジャーナリストとかは居場所がハッキリしてるからそういう人達の所に行って、警察が連れてくと、帰って来ないっていう事が起こって。
(山里亮太)うわぁ。。
(赤江珠緒)20万人も?へぇ。。
(町山智浩)そうなんですよ。もっととも言われてるんですけど、もう途中からもう、これはヤバイって思ってスペインから逃げ出した人がかなりいるんですね。で、この映画の中でもどんどん骨が出てくるんですよ、あっちこっちから。で、結局ですねフランコ政権は1975年にですね、フランコ政権は崩壊するんですね。これはフランコ将軍自身が死んだからなんですけど。死んだ途端にそのフランコ体制がなくなって崩れていって民主化されていくんですねスペインは。それでじゃぁ、そのフランコ政権の時に虐殺に加担した人達をどうするかっていう話になるんですよ。
(赤江珠緒)うん。うん。
フランコ政権が崩壊し民主化した時に、過去に虐殺に加担した人達をどうするかと議論に
(町山智浩)まぁ協力した人達がいっぱいいるっていうか、殆どの人は協力してる訳ですよ。
(赤江珠緒)それだけの人を虐殺となるとね。
(町山智浩)そうなんですよ。じゃぁその人達を全部起訴して、犯罪者として罰していくのかどうかっていう事でまぁ、すごい議論が始まる訳ですね。スペインでね。これから国を、民主化された国をやっていく上でどうするのかと。今までの罪を全部、洗いざらい調べてちゃんと罰していくのかと。・・しなかったんですよ。それをやったら国がもうめちゃくちゃになるだろうと。ああいう状況だったんだから、仕方がなかったんじゃないかって事で、それを許すという法律を作るんですね。
(赤江珠緒)え〜。。
虐殺をした人を許す法律、恩赦法を作る
(町山智浩)1977年に恩赦法という物を作るんですよ。まぁフランコ独裁政権に加担して、密告したり、それに加担した人達を許すと。無条件で。で、忘れましょうって言うんですね。だからその協定を”忘却の協定”とも言うんですよ。だから骨がいくら出てきても、特定しないんですよ。
(赤江珠緒)はぁ〜。。
(町山智浩)そうするとでも、遺族いっぱいいる訳ですよね。お父ちゃん死んだかどうかわかんないんですよ。行方不明のままなんですよ。死んだだろうっていう感じなんですよ。お葬式もちゃんと出せないんですよ。っていう事が続いてて、そこでこの映画は作られてるんですけど、一体なぜ作られたかというと、特定しようと。DNA検査を徹底的にやっていって、亡くなってる人達が誰なのか全部探っていこうという運動をしている人達がいて、そちら側にアルモドバル監督が賛成をして作った映画なんですね。これでやっと遺骨を埋葬できると。遺族達が。で、どうなったかがわかるじゃないかと。だからこれをやりましょうって事なんですけど、でもやっぱりそれに対して反対してる側もいるんですよ。もう普通に暮らしてる人達が、そこで一緒に暮らしていて今、隣人として暮らしてる人が、実はその人のおじさんを殺したかもしれないんですよ。
(赤江珠緒)えぇ。。そんな歴史がスペインに。
(町山智浩)そう。前にインドネシアでそれがあった話をしましたよね。
(赤江珠緒)うん。大虐殺の話をね。
(町山智浩)大虐殺があって、デヴィ夫人も巻き込まれたインドネシアのクーデターで。あれもその後、その事はとりあえず問わないでおくっていう風になってるんですよずっと。もう本当に虐殺に普通の人達がみんな参加したんですけど、でもそれを暴いていく映画だったじゃないですか、ドキュメンタリーで。(『アクト・オブ・キリング』)これも非常に似たような感じなんですけども。
(町山智浩)ただ、それをなんでこんな不思議な形の映画にしたのかって事ですよね。
(赤江珠緒)いや本当ですよね。その、取り違えみたいな所からね。
(山里亮太)ね。
(町山智浩)そう。インドネシアの映画はドキュメンタリーでまさしく真正面から普通の人達に、あなたあの時に虐殺に参加したでしょうって聞いて回る映画でしたよね。
(赤江珠緒)そう。普通に村長さんとかに聞いて、う、うんいやぁみたいなね、そうそうそう。
(町山智浩)ものすごい直接的な内容だったんですけども、その殺された人の遺族とかがね。でも、この映画はそうじゃなくて、全然関係ないお母さん同士の子供の取り違え事件として描いてるんですよ。ただ、この主人公が、愛してる人と暮らしていく為には、自分が子供を取り違えてそのまま知らんぷりにしていたっていう事実を、ちゃんと明らかにしない限り一緒にやっていけないんだっていう話なんですよ。
(赤江珠緒)あぁ、そういう事か。
(町山智浩)過去を隠したままでは、未来は作れないんだっていう事を言う為に、例え話としてこの『パラレル・マザーズ』っていう話を作ってるんですよ。これもね、スペイン独特で。スペインってね、フランコ政権下で独裁政権批判が許されなかったから、子供向けのおとぎ話みたいな映画として映画を作って、そうすると許可が出る訳ですよ。映画化していいよって。でも実際は政権批判であるという映画を作る技術ができたんですね。で、それが『ミツバチのささやき』という有名な映画がありまして、1973年作られた映画で。フランケンシュタインの映画を見た女の子がフランケンシュタインを実在を信じるという子供向けのおとぎ話として作られてるんですが、内容は完全に反フランコ政権の政治的な映画なんですよ。でもよ〜く見ないとわからないようになってるんですよ。で、そういう事をスペインはやってきたんで、まぁやり方を使って作ったのがこの映画『パラレル・マザーズ』なんですけど。アメリカでもすごく問題になってて、アメリカで中絶が禁止されたのはご存知ですか?
(赤江珠緒)はい。
(町山智浩)あれどうしてそうなったかっていうと、中絶を禁止するっていう事を、禁止をさせるのを各州に任せるっていう、憲法では中絶の権利を守らないって判決をした最高裁判事っていうのが9人いて、多数決で決めるんですが、そのうち6人がカトリックなんですよ。
(赤江珠緒)はぁ〜。
アメリカで中絶が禁止されたのはカトリックが原因
(町山智浩)でもアメリカってカトリックは全人口のたった2割しかいないんです。
(赤江珠緒)バランス悪いですね、そうなるとね。
(町山智浩)しかもその2割のカトリックの中でも、わずか2割しか中絶を禁止するって言ったカトリックはいないんですよ。アメリカに。全人口のたった4%くらいしかいない中絶反対派のカトリックが、最高裁判事の70%を占めてるんですよ。だから異常な状態なんです。だから1つの宗教が政治に絡むといかに恐ろしいことがあるかっていう事と、あとはやっぱり過去を埋葬したところで、未来には国は進めないんだって事なんですよ。という映画がね『パラレル・マザーズ』です、すいません時間食っちゃって。
(赤江珠緒)これはでも確かにスペインのその歴史を知らないと、そこは気づかない・・そうですね。
(町山智浩)これ、映画会社の宣伝のサイトを見ても全くわかってないです。
(赤江珠緒)あ〜・・そうですか。じゃあちょっと町山さんの解説を聞いた上でね見ていただきたいなと思います。『パラレル・マザーズ』は11月3日から、こちら日本で公開されます。
(町山智浩)はい。
(赤江珠緒)ねぇ。スペインの映画っていう事ですね。町山さん、ありがとうございました。
(山里亮太)ありしたっ!
(町山智浩)どもでした!
※書き起こし終わり
○○に入る答え
②パラレルは"並行してる"という意味ですが、マルチユニバース物ではない
⑦その後、ペネロペ・クルスとその少女は恋仲に