ズートピアのライムスター宇多丸さんの解説レビュー
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RHYMESTER宇多丸さんがTBSラジオ「アフター6ジャンクション」(https://www.tbsradio.jp/a6j/) で、バイロン・ハワード監督とリッチ・ムーア監督がタッグを組んだアニー賞・アカデミー賞受賞作品「ズートピア」のネタバレなし解説レビューを紹介されていましたので書き起こしします。
映画視聴前の前情報として、また、映画を見た後の解説や考察レビューとして是非ご参考ください。
宇多丸さんズートピア解説レビューの概要
①トップクラスの完成度。あえて欠点をいうなら「○○が無さ過ぎること」
②このレベルに到達するまでのポイント①「○○システムを導入したブラッシュアップ」
③このレベルに到達するまでのポイント②「圧倒的な○○スキルの高さ」
④テーマはずばり「偏見と差別」
⑤"○○話"であるからこそ切り込める、問題の深い本質
⑥これまでの動物モノにはない新たな挑戦「動物間の○○が現実そのまま」
⑦それぞれの動物の○○性をネタにしたギャグが魅力
⑧パロディネタの数々が秀逸。特に「○○雪」イジり
⑨ディズニー映画のひとつの○○
※○○の中に入る文章は、この記事の1番最後で公開しています。 TBSラジオ「アフター6ジャンクション」でラジオ音源を聞いて頂くか、書き起こし全文をご覧頂くか、この記事の1番最後を見て頂 く事で判明します。
映画『ズートピア』宇多丸さんの評価とは
タイトルコール(宇多丸):
映画館では今も新作映画が公開されている。
いったい誰が映画を見張るのか。いったい誰が映画をウォッチするのか。"映画ウォッチ超人"シネマンディアス宇多丸が今立ち上がる、その名も「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。
宇多丸:
さっきの『ババァ、ノックしろよ』のコーナーにちょっとひとつだけ補足をさせていただくとですね、
私の相方Mummy-Dさんは幼少時仮面ライダーを見てて、最後にバーンとライダーキックとかされて、怪人とかドーンと爆発するように見えるじゃないですか。
それを見てて、あの爆発する怪人の役とかは、中に人が入ってるのはわかるんですけど、「もう死んでもいい老人とか病人とかがあの仕事を引き受けているんだ、大変な仕事だな。」って思っていたっていうエピソードがございます(笑)。
はい、ということで毎週土曜夜10時からTBSラジオ『キーステーション』に生放送でお送りしている『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』。
ここから夜11時までは劇場で公開されている最新映画を、"映画ウォッチ超人"ことシネマンディアス宇多丸が毎週"自腹"でウキウキウォッチング。この監視結果報告するという映画評論コーナーです。
今夜扱う映画は、先週"ムービーガチャマシン"を回して当たったこの映画・・『ズートピア』。
(曲が流れる)
宇多丸:
ガゼルことShakiraのこの歌が(作品中で)非常に素晴らしい使われ方をしておりますね。
肉食動物と草食動物が共に暮らす大都会"ズートピア"を舞台(架空の舞台)に
新米警官のウサギの女の子ジュディと、シニカルなキツネの詐欺師ニックが出会いお互い衝突しながらも連続誘拐事件の真相に迫っていく。
監督は『塔の上のラプンツェル』『ボルト』などのバイロン・ハワードと、『シュガーラッシュ』のリッチ・ムーアということでございます。
ということで、"この作品(ズートピア)もう観たよ"というリスナーの皆さんからの感想("ウォッチメン"からの監視報告)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。
メールの量は多いです。多い。
そしてリスナーの感想は、9.5割の人つまりほとんどの人が絶賛でございます。多い上に絶賛。
ズートピアを鑑賞した方の感想
「クライムサスペンスとしても最高」
「バディものとしてキャラクターたちも魅力的」
「差別問題の扱い方がとても現代的」
「むしろ大人が観るべき」
「ディズニー恐るべし」
などなど絶賛の声が並ぶ。
一方、ごく僅かな不満意見としては、
「ストーリーや世界観に目新しさがない」
「職業差別への問題が解消されていないのでは」
などなどございました。
代表的なところをご紹介いたしましょう。
ズートピアへの高評価
(メール紹介)映画ランナー:
ズートピア観ました。
設定を聞いただけで、なんてアメリカっぽい話だろうと思って"ズーっと"楽しみにしておりましたがこれまたとんでもないものを叩きだしちゃったねディズニーは。
ギャグの攻め方がこれまでのディズニー映画とは違って際どいものだったり、"おら東京さいくだ"的な上京物語としての要素、凸凹コンビのバディームービーとしての楽しさ、難事件を時間内に解決できるかというサスペンス。
そしてジュディちゃんの太ももとたくさんの見どころがこれでもかというぐらい詰め込まれていますが、これらのすべては後半からあるテーマによって集約されていくのも見事でした。
この映画のテーマは"差別"だと思います。
より良い世界にしたいという善意から、自分たちと違う者への差別が生まれる心の弱さを描き、"本当に良き世界へ向かうためにしなければならないこととは何か"という問いかけに正面から向き合い、
その理想は"仲間や周辺にとってのより良い世界になりゃいい"っていう考えではないかとドキリとさせる前述の矢を観客の心に放つ。
奥深い心の闇と未だ到達できない遥か上の理想の両方を描いたことにより、この映画はきっとディズニー映画がまた新しいステージを登った記念碑的作品となるでしょう。
そして何年後観ても、きっと考えさせられると思います。
ジュディが映画の最後で目指す、めでたしめでたしの世界に私たちは少しでも近づいているのだろうか。
宇多丸:
という感動的なメールでございます。
(メール紹介)サッザエ:
今回のストーリーはディズニー映画であることを過去のどの作品よりも意識した作りになっていたと思います。
今作で狐の詐欺師ニックが被ることとなる、"キツネは嘘つきで狡猾だ"という差別的なイメージ。これは過去にディズニーが、映画『ピノキオ』で登場させた狐のヴィラン(悪役)そのものです。
ディズニーはこれまでそういった偏見を与える側だった。こういった偏見や差別表現は、古き良きディズニーの名作に図らずも含まれた闇の部分。
この作品はそうしたディズニーの過去の問題に真摯に向き合っていると思います。
新時代のディズニー映画はここから始まるんだというような確かな意志を感じる作品でした。
(メール紹介)ゲブラシラシヘエ:
ズートピアを小2の娘と観に行きました。予告編やプロモーションを観て期待していたのですが、期待外れでした。
まず主人公が世間知らずすぎて行動があまりに身勝手なのに感情移入できない。
ニンジンボールペン(小道具)の下りも会話の途中でオチが想像できてしまいました。
良かったのはゴッドファーザーオマージュ(パロディ)のあたり。あそこあたりはお父さん方(世代)はニヤリとしたんじゃないでしょうか。
宇多丸:
というね感じでございます。
あとですね、ケモノ、ケモノキャラ好きケモナーの皆さんからの熱い感想もいっぱいいただいてます。
(メール紹介)ボーテン:
我々獣人描きの、絵を描く悩みどころである獣人の足は、人間のようなベタ足かつま先立ちが至高かという部分に対し、
普段はベタ足だけど走るときにつま先立ちになるという使い分けを示してくれたことに感動しました。
どっちの派閥もケンカにならない仲裁の仕方です。靴なんて履かないのもよく分かっている。
宇多丸:
とかね、次もケモナーの方。「世界中のケモナー界隈が空前のお祭り状態となっております」という、この人のメールがめちゃめちゃ面白くて、
関係性萌えの話とかもね、「お前ら末永く幸せに爆発しろ」(笑)。初めてこの表現見た。
すごく鋭い指摘もいっぱいあるメール頂きました。ありがとうございます。
メール紹介長くなっちゃったので、(監視結果報告)いってみましょう。
ズートピアを宇多丸さんが見た結果
『ズートピア』、私も字幕2D2回とか吹き替え3Dでも観てまいりました。TOHOシネマズ錦糸町とかで。
このコーナーでも何度も言ってますが、2006年にジョン・ラセターがディズニーのチーフクリエイティブオフィサーに就いて以降、
いきなり作品クオリティがドンと高くなって次々と傑作・快作を連破してきた最近のディズニーですけど、その中でも、もう結論から言っちゃいます。時間ないんで。
今回の『ズートピア』・・トップクラスの完成度だと思います。ちょっともう極めつつあるな、という感じがいたしました。
文句のつけようがない。あえて言うなら、これマジですけど、"あまりにも欠点が無さ過ぎるのが欠点"って言いたくなるぐらい、
"あまりにも欠点が無さ過ぎてもう可愛げがない"みたいに言いたくなるぐらい、とにかくあらゆる意味で隙がない。
もちろんその隙がないレベルに達するまでにはですね、ディズニーやピクサーならではの制作過程での大幅な方向転換まで含む、
例えば当初はスパイものだったのをこういうバディーもの、モロにウォルター・ヒルの『48時間』風だと僕は思いましたけど、こういった『48時間』風のバディ刑事もの、相棒刑事ものに変えていったりとか。
当初はキツネのニック側の主人公の視点がメインの話だったのが、テスト試写(コンテを編集して並べてみせる状態)を繰り返す中で、その結果を見ながらうさぎのジュディをメインにしたりとかですね。
あくまでズートピアという都市のあり方、そこから色々焦点を絞っていくという方向に転換していったりとか、とにかく全工程でのたゆまぬブラッシュアップですね。
どういうことかっていうと、具体的には厳しい自己チェックと改善の繰り返し。
この映画に直接クレジットされている人たちだけではないクリエイター達が集まって、例えば脚本とかストーリーに対して穴も含めて意見をぶつけ合う、
要するに厳しい批判を浴びてブラッシュアップをしていく"ストーリートラストシステム"っていうジョンラセターが導入したシステムを採ってて、それでもうブラッシュアップにブラッシュアップを重ねた結果の、
この隙のない脚本でありストーリーやテーマ。
アニメーションとしての圧倒的なスキルの高さ
そして加えて、当然ディズニーならではのというか、アニメーションとしての圧倒的なスキルの高さですよね。
まず伝統的に積み上げたアニメーションの、"絵を動かす"ということに対する技術のもう基礎技術も高いところに来て、もちろんCG、例えば今回で言えばもう毛並み表現とか骨格表現とかも含めた(こちらもたゆまぬ技術革新)技術の集積がある。
つまりですね、シネマハスラー時代、ピクサーの作品『ウォーリー』にですね、補足として単行本に僕書いたようにこういうことですよね。「世界最高レベルで超頭良くて、しかも最先端の技術も持って、しかもそれを常に磨き上げている奴らが、
寄ってたかってさらに死ぬほど努力してやがる」っていう。「そりゃ並大抵な者が太刀打ちできるわけないよ・・」というものが出来上がるということですね。
例えば今回の『ズートピア』、先ほどメールにもあった通り、テーマはずばり"偏見と差別"ということだと思うんですね。共同監督バイロン・ハワードさんとリッチ・ムーアさん。リッチ・ムーアさんはその前作『シュガーラッシュ』、この番組でも2013年4月13日にやりましたけど、
『シュガーラッシュ』もまあある意味偏見と差別を巡る物語でありましたけど、今回よりそのテーマを深く鋭く掘り下げているという風に言えると思うんですけども。まあ一番わかりやすいのはやはりレイシズム(人種差別)。このメタファーだなというのはパッと見てわかりやすいとこですけど、
場所や描写によってはこの主人公ジュディっていうのは女性でもあるのでセクシズム(性差別)のニュアンスも入ってるところがあったりなんかもして、とにかく人種差別であり性差別でありというのがいかに生じ、なんとかねじ曲がった理由で正当化されてしまうのかと。
偏見先入観、無知ゆえの恐れ、侮りなどなどが、いかに恐ろしい醜い事態を招いてしまうかという。極めてほんと不変的ですよね、人類が繰り返してきた愚行であり、そして悲しいかな、非常に今日的テーマ。今日の日本でも全く残念ながら無縁ではないテーマを描いてるわけですけど。
それをですね、肉食動物と草食動物っていう、それこそ、これちょっとカッコつけさせて頂きますが、生物学的根拠がある"区別"。区別ですよね。肉食動物と草食動物、生物学的根拠がある区別。
そのメタファーを使ってそれが要は差別という力関係の構造にすり替わっていくプロセスを描いていくというわけなんですけど。
そこでこの『ズートピア』という作品が偉いなと思うのはですね、もちろん「差別はよくないですよ」という正しいメッセージを伝える作品はいろいろあるんですけど、差別する側・される側っていうのを、固定的な加害者被害者関係として、つまり一種白黒わかりやすい、まあ言っちゃえば安心できる善悪化構造に安易に落とし込まずに、それぞれにですね、主人公や観客も我々も含めて誰もがそれぞれに他者への偏見を持ってるし、同時にその偏見を持たれる側でもあるというですね、要は現実の差別構造っていうのを持つそのフェアさ、差別というのが生じるその心情の複雑さとか、とにかく現実に存在する問題の複雑さにはかなりフェアに向き合おうとしているということじゃないでしょうかね。
扱いの難しい話を、寓話にして問題の本質に切り込む
しかもこれ本当の人間社会を舞台にするととってもセンシティブな、扱いの難しい話になってしまいがちなところを、哺乳類だけで成立している文明という架空の設定を使った、いわゆる寓話ゆえに、より鋭く差別という問題の非常に深刻かつなかなか解けない問題の本質に切り込むことができる、
寓話であるがゆえの鋭さを持つことができるというふうにもなっているという素晴らしさがあると思います。
これは例えばですね『第9地区』っていう、この番組でも2010年4月18日に扱いました作品も、あれも差別という構造を宇宙人というメタファーを使って、"そうじゃないとちょっとこれ扱いが難しい、ちょっと誤解を与えかねないですよ"とかいうところをちゃんとやっているのにも近い構造なんだけど。
さらに今回の『ズートピア』が素晴らしいなというふうに思うのはですね、例えば主人公のうさぎのジュディというのは、生まれ育ったその田舎から電車に乗って舞台となる大都会ズートピアにやってくる、その序盤の場面があるんですけど。Shakiraのさっきの『Try Everything』という曲がかかってやってくる。
今回の映画は、ディズニー伝統の、動物が普通に服を着て生活している設定シリーズはあるわけですけど、まあ伝統のアレを久々にやりますよ、動物が服着て暮らしているシリーズやりますよ、というのもあるんですけど、
同時に今回作り手たちが新たな挑戦(こだわり)として、それぞれの動物のサイズの差っていうのを・・これまでは喋る者同士の動物っていうのはサイズをちょっと嘘ついて合わせて描くこと多いというかそっちが基本だったんだけど、今回はその動物のサイズの差を現実のままに、あえて揃えないという部分が、今回動物が服着て生活しているものとして新たにトライしている部分だということらしいんですけども。
動物のサイズ感を敢えて揃えない
その結果どうなったかというと、例えば先ほど言ったジュディが田舎から電車に乗って大都会ズートピアにやってくる場面の電車の乗降口であるとか、あるいは歩道であるとかお店であるとか、とにかくそれぞれの動物のサイズによって、
様々なバリエーションがある。ドアひとつとってみてもいろんな場所にいろんな位置にあるし、ちっちゃい動物が危険じゃないように歩けるよう歩道が用意されてたりとか。もちろんキリンだったらジュース飲む用にこういうのになってますよとか。
カバみたい水の中で普段暮らしている人にはこうやって出てきてブワーってこう(乾かす)。
いろいろ動物によってそれぞれのディテールが用意されてて、サイズも違うしという。そのアイデアを凝らしたディテールっていうのを数々見てるだけでも楽しい。
もちろん楽しいっていうのもあるんだけど、何より、ここが重要なんですけど、要は、憧れの大都市ズートピアに出てきた主人公ジュディの視点そのままに、このズートピアという街の多様性。
要するにズートピアの町にパーって出ますよね色んな動物が色んなサイズで色んな感じで歩いてて。そのそれぞれ動物のための色んな都市の造りがあってという、その多様性それ自体が、パっと見て理屈抜きに「ああ、いいなぁ」って感じられるっていう。
これが『ズートピア』すごいいいなと思うんですよね。
多様性の肯定
つまり多様性の肯定。「いろんな違う人たちがいるってなんて豊かで幸せなことなんだ」っていう、先ほど言った差別と偏見というのに対するひとつの理想的回答、大テーマみたいなのを、
まずは視覚的に「それはやっぱり多様性が良いに決まってる」と観客が理屈抜きに納得できる。ここに『ズートピア』の素晴らしさ、つまりアニメーションであることの意味・利点も非常に活きてるという素晴らしさがあるんじゃないかと思います。
まあ多様性って言うんだけどこのズートピアという都市、設定上は哺乳類だけって限られているし、その哺乳類の中でも人の臭いがする動物(ペットの犬とか猫)、あるいは家畜の臭いがする牛とか・・じゃあ豚はどうなるんだって話なんだけど。豚はなんか混じってましたけどね。
あと当然猿的なものは排除されてるっていう、まあそういう意味で周到に寓話として飲み込みやすいように設定されているわけではあるけど、とにかく多様性の肯定というのは言葉や理屈じゃなくてアニメの都市そのものの面白さや喜びとして直結してテーマとしてのその正しさ、良きことが伝わってくるというですね。
このあたりが本当に『ズートピア』、同じテーマの作品の中でもちょっと1個抜けた素晴らしさを持ってるんじゃないかと思います。
こういう風に、決めつけによる差別とか排除っていうのは最悪なんだけどもちろん、ただ「違いっていうのは豊だし楽しいじゃん」ってこの視点あればこそ、例えばそれぞれの動物の固有性をネタにしたギャグ。ちょっと意地悪なギャグね。
例えば、劇場でもきっちりもう毎回観るたびに僕爆笑が出てましたけど、ナマケモノのくだりとかですね。アメリカの免許センターがすごく非効率だっていうアメリカの事情はあるらしいけど、とはいえお役所仕事って言葉があるぐらいだから、当然もう万国共通なんでしょうああいうのはね。役所でいらいらするっていうのは。
ナマケモノの下りは最高!
ナマケモノの下りはあれ最高ですよね。特に元のオリジナル版のゆっくり喋るところと、単語をパッっていうところ、緩急がね、間がもおかしいんだよなあ。
あと表情の順番。目が開いて笑う。あれジョンラセターが実際にあの顔をやってみせてそれを描いたらしいんですけどね。
ナマケモノの下りであるとか、あとはもうちょっと大人っぽい、毒っ気の含まれたその動物ネタだと、レミングスブラザースっていうね。まぁ当然リーマンブラザーズなわけですよね。
だからリーマン・ブラザーズ、リーマン・ショックが起こったああいう金融業界のレミングス性みたいなものも皮肉って、ちょっと大人っぽいジョークとかも含めて、とにかくそれぞれの動物の固有性をネタにしたギャグ。
これって言ってみれば人種ギャグのメタファーなわけですよね。人種ギャグ。それぞれの人種の固定観念というかステレオタイプをもとにしたギャグのメタファーでもあるんだけど。
その根本的テーマが、要するに「差別はよくないよ多様性を認めましょう」っていう圧倒的な正しさに対して、そういうちょっと毒っ気のある人種ギャグみたいなものがポンポンポンポン放り込まれるのが、ある種この作品の風通しの良さも確保してるという。
このあたりはですね、やっぱりリッチ・ムーアさん。『シュガー・ラッシュ』の評の時も言いましたけど、元々は『ザ・シンプソンズ』とか『フューチュラマ』のシリーズをいっぱい撮っている人なんですよ。
これ完全に『ザ・シンプソンズ』とか『フューチュラマ』を作ってきた人ならではの大人のバランス感覚といえると思います。
あとはやっぱり、例えばヌーディスト村のシーンのあのポーズのえげつなさとか。あとコップに書いてあるちょっとした文字それ自体がギャグになってるとか、その辺のセンスは完全に『ザ・シンプソンズ』の感覚だという風に思いますね。
リッチ・ムーアさんの持ち込んだものは大きいんじゃないかと思いますが、とにかく圧倒的なテーマ的正しさに対してちょっと風通しの良くなるちょっと意地悪人種ギャグ、大人な毒気のあるものが入るというのも含めてやっぱ本当に隙が無いっていうことなんですよね。
要するに正しすぎないっていうか。そこも含めて正しいっていうね。ポリティカリーコレクトすぎない正しさというか。
ズートピアの終盤
あとその終盤、例えば主人公のウサギのジュディが自分自身のその、人種というか動物種偏見を持っていたということをキツネのニックに詫びるという非常に感動的なシーンでもですね・・吹き替え版はこの辺ちょっとセリフのニュアンスが変わっちゃってて僕はちょっと残念だったんだけど。
「ごめん」と言って泣くジュディに狐のニックが「はいはい、お前らウサギ族は泣き虫だからな」っていう、言ってしまえば人種ステレオタイプギャグ。それで返すことで、より二人の許し合いっていうのが、深さがわかるというこの秀逸さ。
ちょっとそういう、普通の他の人に言われたらムカつくようなことも投げかけられるというか、"正しくなさ"までも投げかけられるというかね。ちょっときわどいギャグまで言えるという、そこが非常に・・
しかもそこで泣きながらニンジンペンを取ろうとするジュディの仕草の可愛さときたら。なんてそんなに可愛いのかよ・・ね。
ちなみこのキツネのニックさん、ほぼ全編に渡ってこの主人公ジュディのことを、「ウサギ」か「ニンジン」としか呼ばないんですよね。
だけどついに彼女の名前を呼ぶというその瞬間。要するに、種の壁を越えて"個"として認め合った。この瞬間、このあたりも上手いですし。
それも含めて、途中でいかにもアメリカっぽいトークメソッドだけど、自分で質問して自分で答えるっていうその頭を良くみせるトークメソッドっていうのが後でまた活きてきたりとか、ちょっとした会話のディテールとか小道具とか・・さっきのニンジンペンとかが、あとできっちり伏線として気持ちよく回収されるという、
まあ本当にうまい脚本ですね。
うまいっていうのは脚本であるとか、個人的には、ジュディが失意のまま田舎に一旦帰ってみると、幼なじみのアイツが・・っていうあのくだりで、これはね、『イントゥザストーム』序盤で嫌な感じだったアイツが、ラストでっていうところで虚を突かれた時と同じような感じで。
俺は「はあ・・・。」もう涙腺決壊ですね。「ドバチョー!」とこう、きて泣いてしまいましたね。
街の暗部に踏み込んでいくシーン
あと中盤の謎解きの、どんどんどんどん街の暗部・・汚職や麻薬ビジネスの匂いを含めた町の暗部に踏み込んでいく、フィルム・ノワールタッチのところも本当に堂々たるものでしたし。
もちろん、さっきメールにあったように、ゴッド・ファーザー完コピ。セリフまで完コピのところとか。あと『ブレイキング・バッド』から『帝国の逆襲』に至るまで、随所にちりばめられたパロディネタの数々とか。
特にあの『アナ雪』イジりですね。ちょっと悪意込みの『アナ雪』イジり。ここもすごいシンプソンズ譲りな気がするんだけど、とにかく『アナ雪』イジりのちょっとしたセリフとかそういうのも含めて、細部に至るまで堀り甲斐があるという作りこみも含めて、"楽しいし深いし最高"じゃないですか。
まああえて、本当にあえて言えば、ラスト主人公ジュディがする演説が、ちょっとこう奇麗すぎっていうか、良い事を言葉にしすぎなんじゃないかって気がしなくもないが、ただあそこで言ってることはとっても大事だし言葉にしておいた方がいいかなっていう。
つまり「"個"としての違いはあるよ。それぞれ違いはあるよ」ということをちゃんと認めた上での、「でもその上でちゃんと分かり合っていこうよ。そしてそのためにはまず自分自身が変わっていかなきゃ」っていう。
差別偏見テーマというのに対してやっぱりきっちりちゃんと言うべき事を言ってるし、何より、人種差別・偏見はよくないですよって、ラストのラストできっちり、もう1回こちら側の先入観とか偏見を逆手にとった大オチで見事に大爆笑をかっさらってポンって終わるっていう見事さも含めて、
「はいやっぱし隙ねえや。綺麗すぎじゃね?」と思ったら、「いやいやいや、さらにもう1個きたか」っていうね。最高でございました。
先ほどのメールにもあった通りですね、過去のディズニークラシック、動物を使ったステレオタイプ描写に対する、ポリティカリーコレクトも含めた今日的再解釈・再回答という意味で、『プリンセスと魔法のキス』以降、例えばディズニープリンセスストーリーの再解釈というのを始めて、『アナ雪』でひとつの完成を見たというですね、一連のディズニールネッサンス。
その流れの中で、例えば人種偏見であったりとか性差別であるとか、そういうことに対するディズニーの再解釈とか、先ほどメールにもあった通り新たなディズニーをもう1回ここから始めるぞという、そういう流れ上にも置けるという。その意味でもひとつの頂点だと思いますね。
アニメでしか、この方法でしか描けない、そのテーマの深みであり、鋭さであり、そしてこちら側に突き付けてくるものであるというね。
で、なおかつきっちり爆笑できて、話も面白く、「なんだよ!」ということでございます。是非是非、本当に素晴らしい作品でございます。文句のつけようがないとはこのことでございます。ぜひ劇場でウォッチしてください。
<書き起こし終わり>
〇〇に入る答え
①トップクラスの完成度。あえて欠点をいうなら「欠点が無さ過ぎること」
②このレベルに到達するまでのポイント①「ストリートラストシステムを導入したブラッシュアップ」
③このレベルに到達するまでのポイント②「圧倒的なアニメーションスキルの高さ」
④テーマはずばり「偏見と差別」
⑤"ぐう話(寓話)"であるからこそ切り込める、問題の深い本質
⑥これまでの動物モノにはない新たな挑戦「動物間のサイズ差が現実そのまま」
⑦それぞれの動物の固有性をネタにしたギャグが魅力
⑧パロディネタの数々が秀逸。特に「アナ雪」イジり
⑨ディズニー映画のひとつの頂点