1917 命をかけた伝令 & 彼らは生きていた/ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールドの町山智浩さんの解説レビュー
記事内に商品プロモーションを含む場合があります
映画評論家の町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』(https://www.tbsradio.jp/tama954/)
で、戦争映画『1917 命をかけた伝令』『彼らは生きていた』のネタバレなし解説レビューを紹介されていましたので書き起こしします。
映画視聴前の前情報として、また、映画を見た後の解説や考察レビューとして是非ご参考ください。
町山さん解説レビューの概要
①両作品とも、監督が子供の時に、監督のおじいさんから、イギリス兵として第一次大戦最大の激戦地、西部戦線に出兵していた話を聞かされて、それを映画化したという作品。
②『1917 命をかけた伝令』が、監督賞等、色々な賞を取ってる理由は、全編カットなしのひとつながりのショットで見せているから。
③体感ゲーム、戦争を体感させる映画になっている。
④『彼らは生きていた』は、当時の映画フィルムのスピード調整やフルカラー化をし、非常にリアルなドキュメンタリーに仕上げている。
戦争映画を紹介
(町山智浩)
今日はですね、はい、戦争映画を紹介させていただきます!
1本はもうすぐ公開される映画で、もう1本はアカデミー賞のですね、作品賞候補になってゴールデングローブ賞でも作品賞を取った作品です。
これはね、両方とも第一次世界大戦の西部戦線というのがありましてですね、フランスであったんですけども。
それを描いた映画なんですけども、両方ともね。両方ともイギリス軍の戦いを描いています。
1本はですね、1917年にあった戦争の映画なんで『1917 命をかけた伝令』という映画で、これはゴールデングローブ賞の作品賞と監督賞を取りました。
(赤江珠緒)
おー!
『1917 命をかけた伝令』ゴールデングローブ賞の作品賞と監督賞を獲得
(町山智浩)
もう1本はですね、『彼らは生きていた』というドキュメンタリーです。
で、『1917』の方はですね、監督が『007』(ゼロゼロセブン)の大傑作だった『スカイフォール』の監督のサム・メンデスという人で、『彼らは生きていた』の方はですね、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズってありますよね、『指輪物語』。あれの監督だったピーター・ジャクソンです。
(赤江珠緒)
わぁ、どっちも娯楽作品っていう、大作の。へぇー。
(町山智浩)
そうですね、どっちもだからもう、アカデミー賞を取ってる人ですよ二人とも。で、これね、2つとも共通するのは、どっちも監督のお爺さんが、イギリス兵として第一次大戦最大の激戦地、西部戦線に出兵していた話を、おじいさんから聞かされて、子供の時に。それを映画化したという作品なんですよ。
(赤江珠緒)
へぇ。。
サム・メンデス監督
(町山智浩)
で、まず『1917 命をかけた伝令』の方から説明しますと、このサム・メンデスっていう人はですね、サム・”メンデス”って名前で、「メンデス」って、ラテン系の名前なんですよね。はい。この人、おじいさんはカリブ海のトリニダード・トバゴ出身のアフリカ系とポルトガルの混血の人なんです。
(赤江珠緒)
はい。
(町山智浩)
当時(19世紀の終わり)ね、トリニダードはイギリス領だったんで、彼はイギリスに渡って、15歳の時に。第一世界大戦が始まったんで、19歳でイギリス軍に入隊したそうです。はい。で、その時の話をサム・メンデスにおじいさんになって、ずっと話していたらしいんですよ、ずっと子供の頃に。で、そのおじいちゃんはですね、信号兵というものになったんですよ。
(赤江珠緒)
うん。
(山里亮太)
はぁ。
信号兵、伝令を伝える役
(町山智浩)
信号兵っていうのはね、手旗とか色んな信号で情報とか命令を伝えたり、伝令で駆けずり回ったりする係ですね。
(赤江珠緒)
そうか第一次世界大戦はまだそういう感じですか、手旗信号。
(町山智浩)
そうそう、無線はなくて、有線はあったみたいなんですけども。はい。
でも手旗ってすごく優秀ですよ。あの、敵にそんなに発見されにくかったり、あと光の速度で遠くまで届きますから。
(山里亮太)
へぇぇ!
『西部戦線異状なし』
(町山智浩)
で、まあそういう信号兵だったんですけれども。このおじいさん、アルフレッドっていう人は西部戦線っていう所に送られたんですね。西部戦線っていうのは『西部戦線異状なし』というまぁ名作戦争映画がありますけども、これご覧になっています?
(赤江珠緒)
はい!あのなんかすごい塹壕の中で・・っていう。
(町山智浩)
その通りです!はい!塹壕戦なんですよ。これはですね、ドイツとフランスの国境線に沿ってずっと続いていた巨大な戦線があって、それが西部戦線なんですけども。
ドイツ軍とフランスとイギリスの連合軍が激突するんですね、その戦線で。戦線というのは”戦争のライン”なんですね。はい。このラインを一進一退しながら、1914年から18年まで4年間も攻防戦が続いたんですよ、西部戦線では。で、この両軍の戦死者がですね、民間人を含めて推定450万人というすごい数なんですよ。
(赤江珠緒)
とんでもない人数ですね!
戦死者推定450万人
(町山智浩)
死者だけでですよ。もうひとつの都市の人口全部死んだ!っていうぐらい、の、すさまじい戦争だったんですね。で何でそんなになっちゃったかっていう話をします。それはね、まず塹壕戦でお互いの軍隊が平行に塹壕という溝を掘って、そこに歩兵が入ってですね、横一列で一斉に突撃するんですよ。で敵陣を占領しようとする陣取り合戦が続いたんですね。で、それだけだったら良かったんですけど、昔からあるから、そういう戦争は。そこにね、新兵器が次々と投入されちゃったんですよ。
(赤江珠緒)
はぁ。。
(町山智浩)
まず機関銃です。それまでなかった機関銃が投入されて、あとは航空機からの爆撃。戦車。その時発明されて導入されて、あと毒ガスですよ。つまり大量殺戮兵器がどんどんそこにつぎ込まれてしまったんで、所がそこではその以前からの南北戦争と変わらない突撃戦をやってたんですね。突撃するじゃないですか、兵隊たちがその生身の体で。すると機関銃が待っている訳ですよ。で、バーーッと殺されちゃう訳ですよ。
(赤江珠緒)
うん・・。
(町山智浩)
で、これはその10年前にあった日露戦争で、あの有名な203高地でね、その機関銃陣地に、日本軍が歩兵を突撃させ続けて大量の犠牲者が出たっていう件があったんですけども。そこからヨーロッパは学ばなかったんですね。
(赤江珠緒)
そうなんですね・・!!
(町山智浩)
そう。同じ事を繰り返して、それも4年間もそれを続けて、ひたすら突撃をさせるという。
(赤江珠緒)
これどうしようもないなっていう事で、どっかで誰も止めなかったのか?っていうね・・。
無意味な突撃
(町山智浩)
「やめろよ!」っていう事なんですけどね、「もっと他のことを考えろよ!」と。でも役所仕事だから延々と続くんですよ。無意味な突撃をやらせてるうちにまぁ450万人も死んでしまったというね、ひどい話なんですけれども。で、これは2つの塹壕の線が並んでると、その真ん中の部分というのは、その塹壕に挟まれた部分は、両方の軍隊からの砲弾と機関銃が届くから、人がいられない世界になるわけですよ。そこにいたらもうすぐ、両軍から撃たれても殺されちゃうんで、そこをね、無人地帯なんで「ノー・マンズ・ランド」と呼ぶんですよ。「人のいない世界」、ノー・マンズ・ランドなんですね。で、ここでは突撃した両軍の兵士たちがそこで倒れてケガをしても、基本的に誰も助けに来れないんですよ。
(赤江珠緒)
んーうんうん。
(町山智浩)
ね?どこから砲弾が飛んでくるか分からないから。で、そこで、そのさっき言ったサム・メンデス監督のおじいさんが受けた使命は、敵に気づかれないように1人でノー・マンズ・ランドに入って、置いてきぼりにされてまだ生きてる負傷兵を見つけて、その位置を知らせることなんですよ。
(赤江珠緒)
ほうほうほうほうほう。うんうん。
おじいさんは勲章をもらったと孫のサム・メンデスに自慢をしていた
(町山智浩)
そしたら夜のうちに、救護隊が行って、こっそり助けに行くんだと。ただ無意味に行けないから、先に事前に倒れてる人の場所を確認しろと、いう使命、命がけのミッションをやって、このおじいさんは勲章をもらったと孫のサムに自慢をしていたそうなんですよ。
(赤江珠緒)
ふーん!
(町山智浩)
はい。で、その話を元にしてサム・メンデス監督は今回、新しいお話を作ったんですね。それは西部戦線で2人の若い兵隊さん、伝令兵が、ある命令を運ぶ仕事をするんですね。その命令っていうのは、翌朝、ある部隊が突撃、進撃をしようとしてるんですけども、それを止めろっていう命令なんですよ。それは、彼らが突撃する先のドイツ軍は撤退したふりをして、イギリス軍を引き込むとしていると。
(赤江珠緒)
ああー!罠だ!と。
(町山智浩)
罠だと。それで引き込んだところで猛爆撃をして皆殺しにしようとしているんだと。だから、それを今言った命令を伝えて行って、中止させろと、その突撃を。
(赤江珠緒)
うーん、それ重要任務ですね。
重要任務
(町山智浩)
そう。それが伝わらないと、その部隊は朝の突撃でたぶん皆殺しになると。という使命を負って、そのはるか離れた部隊に向かってその2人が進んでいくっていう話なんですよ。
(赤江珠緒)
ふーん。
(町山智浩)
で、この映画が、監督賞とか色んな賞にノミネートされたり、賞を取ってる理由っていうのは、この2人の伝令の旅を、全編カットなしのひとつながりのショットで見せてるからなんです。
(赤江珠緒)
えっ?
全編カットなしのひとつながりのショットで見せてる
(町山智浩)
ずーっと画面が繋がっていて、1回も切れないんですよ。
(赤江珠緒)&(山里亮太)
へえー!
(町山智浩)
で、これは、実際にはそうやって撮ってないんですけど、デジタルで繋げてるんですよね。ひとつながりに見えるようにつなげてるんですよ。で、ずっとカメラが手持ちで持って追っかけて、その2人の兵士が色んな冒険をしていくのを撮っていくという形になってます。これはロジャー・ディーキンスっていう、すごい名カメラマンが撮っているんですけども、これを見ててね、一番近いものはですね、すごくリアルなゲームで、シューティングゲームとかやります?
(山里亮太)
はい!
(町山智浩)
あ、やりますか!(笑)あれに近いですよ、あれに。ゲームをやってるみたいな。
(山里亮太)
同じ画面で。
ゲームをやっている感覚
(町山智浩)
そうそうそう。同じ視点で、ずっと、まあこちら側の体と、基本的に後姿ですよね?それと敵がどんどん出てきて、それと戦っていくというのをずーっと追いかけていくという、まあゲームみたいな映画になっていますね。
(赤江珠緒)
本当にじゃあ自分も戦場にいるみたいな、その状況を、感じるわけですね。
戦争を体感させる映画
(町山智浩)
そうなんですよ。だからまぁ体感ゲーム、戦争を体感させる映画になってます。はい。ただね、まぁ技術的にはすごいんですけども、これは話が”突撃を止めようとする2人の人の話”なんで、肝心の戦争そのものはほとんど描かれないんですよ。だって止めに行くんだもん。
(赤江珠緒)
そうかそうか、うん。
(町山智浩)
だから、実際の西部戦線が、どんな物なのかはこの映画だけだと分からないんですよ。
(赤江珠緒)
んーーそうですね、非常に部分的な話ですもんね?
『彼らは生きていた』
(町山智浩)
そうなんです、まあ脇っちょの話なんですよ。で、西部戦線自体が一体どうだったかがすごくよく分かるのは、その今回紹介するもう1本の映画の、『彼らは生きていた』の方なんですよ。で、これはさっき言った『ロード・オブ・ザ・リングス』のピーター・ジャクソン監督なんですけども、彼のおじいさんは、ニュージーランドの人なんですけど、ニュージーランドに移民する前、10代の頃イギリス軍に入ってその西部戦線に行ってるんですよ。で、その話を聞かされたんですけど、これ面白いのはですね、そのおじいさんはですね、西部戦線最大の激戦の「ソンムの戦い」というのに従軍したんですね。ソンムの戦いというのはこれがね、たった4ヶ月で100万人死んだっていう酷い塹壕突撃戦だったんですけど。
(赤江珠緒)
えぇーっ?
(町山智浩)
でまぁ「最悪の戦場」と言われてるんですが。あの、『指輪物語』、『ロード・オブ・ザ・リングス』の原作の『指輪物語』を書いたトールキンもそこにいたんですよ!
(赤江珠緒)
ええーっ!
(町山智浩)
これも映画になってますけども、彼は兵隊としてそこにいたんですよ。
(赤江珠緒)
え、で生き残ってて?
『彼らは生きていた』は映画としてはドキュメンタリー
(町山智浩)
生き残ったんです。2人とも、負傷したおかげで逆にその後ろに退けられて、死なないで済んだみたいなところがあるんですよね。機関銃で撃たれて。でもこれ面白いのは、その同じ戦場にいた人の孫が、そのトールキンの原作を映画化したんですよ。そう、すごい偶然なんですけど。で、このジャクソンが今回やったその『彼らは生きていた』は映画としてはドキュメンタリーなんですね。
(赤江珠緒)
うん、ドキュメンタリー?
(町山智浩)
で、第一次世界大戦当時、もう100年前ですけれども、もう映画が発明されていたんで、大量のフィルムが残っているんですよ。それをイギリス政府が沢山保管していたのを全部見て、それをつないで、その西部戦線の全てを描こうとしたんですよ。
(山里亮太)
ほぉぉ。
”彼ら”は、その兵隊たち
(町山智浩)
で、『彼らは生きていた』っていうのの”彼ら”は、その兵隊たちなんですけども、これ原題はですね、『They Shall Not Grow Old』っていう。”彼らは歳を取らない”っていうタイトルなんですよ。それは・・死んでしまったからですね。
(赤江珠緒)
そうですね・・。
(町山智浩)
はい。でね、またその”昔のフィルムをつなぎ合わせただけ”って考えると、その当時はそのサイレントで白黒でカチャカチャしたフィルムなわけですよ。昔の映画ってカチャカチャしているでしょ?動きが。あれはどうしてか?っていうと、あの手回ししてるからです、カメラを。
(赤江珠緒)
ふーん。
昔のフィルム
(町山智浩)
モーターじゃなくて手で回しているから、ちょっと早すぎたり遅すぎたりして、動きが、回転数が一定じゃないんですね。
(赤江珠緒)
確かに独特な動きになりますね、白黒のは。はい。
(町山智浩)
そうなんです。だからね、まずね、このピーター・ジャクソンは、フィルムをですね、全部コンピューターで同じ速度、現在のフィルムとの速度に変えているんですよ。で、普通の映像のように見えるんですね。で、全部カラーにしています、コンピューターを使って。
(赤江珠緒)
わー!それは印象違うでしょうね。
リアルな映像に
(町山智浩)
全く違います。全く違います。だから本当に、最近撮った映像に見えるんですよ。もう傷とかも全然ないんで、そういう細かいところも修正してあるので、本当にリアルな、そこらで撮ったような映像に見えるようにしてます。
(赤江珠緒)
うわーーっ。
(町山智浩)
あとね、音が録れてないんですね、サイレントだから当時は。で、これは2つの方法で音を入れてて、ひとつはその戦争の後、国営放送のBBCとかが生還した兵士たちに大量にインタビューをしてるんですよ。で、それ何百時間もあるその音声をつなぎ合わせて物語にしてます。だからこれね、ナレーションがなくて全部兵士たちの実際の言葉だけなんですよ。「あの時、俺はこんなことをした」とか。そういうことを言っているのがずっと音が入っていて、で、あとはフィルムで兵士の口が動いてるフィルムは読唇術、唇を読むことができる人を使って、セリフを解析して声優さんに吹き替えさせてます。
(赤江珠緒)
あっ、そうですか・・!
音も入れている
(町山智浩)
すごい事をしています。はい。で、あとまぁ色んな爆音とかも入れて、それで殆どもう、最近撮ったフィルムのように全部作り直してるんですよ。で、そうすると昔の物じゃなくて、そこにいる人達、兵隊達が本当にそこらにいるお兄ちゃんたちに見えてくるんですよね。
(赤江珠緒)
そうですよね、自分たちと変わらない感じに途端に見えてきますね。
(町山智浩)
そうなんです。まずね、この映画で驚くのは、出てくる兵隊さんたちが若い!15、6の子とかいるんですよ。子供ですよ。僕からするともう、子供以下ですよ、僕からすると!(笑)
(赤江珠緒)
そうですよね、10代みな。
兵隊達は10代
(町山智浩)
でね、18歳から、19歳ぐらいからなんですよ、その頃の兵隊さんって。でもね、ものすごく愛国的なね、愛国心の高揚に駆られた若者達が、年齢を偽って、親が止めるにもかかわらず家出して兵隊に入ったんですよ、その当時イギリスでは。あとね、その頃は身分社会だったので貧しかったんで、労働者とか農家の三男坊とか四男坊とかは、将来がまるでなかったんですよ、学校なんか絶対に行けないし。一生貧乏な、その小作人だったので、脱出するチャンスはそれだけだったんですよ、兵隊に入るだけだったんですよ。
(赤江珠緒)
はぁ・・、志願をするという形で。
(町山智浩)
そう。そうしない限り、ずっと田舎で小作人なんですよ。だからみんなその兵隊に夢を見て、もうばーっと志願してたんですよ、15、6の子供が。
(赤江珠緒)
で、その結果がその塹壕で、もう・・。
兵隊を夢見るが
(町山智浩)
まぁでも最初はご飯を食べさせてもらえますよ、お腹いっぱいご飯を食べるなんて初めてですよ皆。その頃は。靴だってもらえたんだもん、靴なんて、その頃贅沢品ですよ。だから「わぁ!」って喜ぶんですよ、子供達だからみんな。「こんなお腹いっぱい食べたの初めてだ!」って喜んで、それでその塹壕に行かされると、それがドロドロなんですよ、水浸しでね、水が冷たいから冬だとみんな凍傷で手足の指が落ちるんですよ、腐って。
(山里亮太)
うっわ・・。
(町山智浩)
死体がそこら中に放置されてるから、要するに死体を回収しに行けないわけですよ。撃たれるから。みんな、それをネズミが食っていくわけですよね。そこら中がネズミだらけなんですよ。
(赤江珠緒)
ひっどいですね・・。
死体だらけ
(町山智浩)
で服はシラミだらけだし、ずーっと死体の匂いがするし、しかも塹壕に入ってても毒ガスが入ってくるんですよ。で、今度は突撃ということになるんですよね。すると今度は一斉に塹壕をみんな飛び出して、ノー・マンズ・ランドに飛び出して、そこを銃を持って進んでいくんですけど、死体だらけなんですよ。地面の上を歩くのではなくて、死体の上を歩いて行くんですよ。っていう話をずっとしていくんですよ、その経験した兵士達がね、生の声で。それで死体の上をこうまっすぐ歩けないので這ったりしながら行くと、その前から機関銃の弾幕で、敵からの機関銃がバンバン仲間の頭とかを吹き飛ばしていくんですね。それでも助けることもできないんですよ、負傷兵を。放置していくしかないんです。
(赤江珠緒)
はーっ。。。
(町山智浩)
でやっと敵陣に近い所に辿り着くと、そこには有刺鉄線のバリケードがあるんですよ。有刺鉄線のバリケード幅が10メートルもあるんですよ。それをこう、ペンチで切って行きながら、こうニッパーで切りながらゆっくり進んでいくんですけど、そこの状態をまたさらに撃たれるんですよ。逃げられないんですよ、有刺鉄線の中を切り進んでるんだから。で、しかもそこまで来ると、味方の砲弾が飛んでくるんですよ。
(赤江珠緒)
はぁ。。もう地獄としか言いようがない・・。
地獄絵図
(町山智浩)
そう。味方の砲弾が空中で炸裂して、破片を地面に撒き散らすんで、それがに貫かれるんですよ。で、バリケードを突破すると、今度は敵兵とやっと出会う訳ですね。するとまず最初に火炎放射器で焼かれるんですよ。
(赤江珠緒)
えっ。。
肉弾戦
(町山智浩)
そう。で、それも突破すると、今度やっと敵とぶつかり合って白兵戦になるんですね。肉弾戦になるんです。もうこれはナイフで刺し合い、殺し合いですよ、銃剣と、殴り合いですよ。で、今度は、それをやっと制したと思って、敵が降参して白旗を上げて降伏するんですね。でも、こっちはものすごい阿修羅のような精神状態ですから、白旗を上げても止められないんですよ、殺意を。だからね無抵抗で白旗を上げている敵兵を皆殺しにしたって言うんですよ。
(山里亮太)
はぁ。。。
(町山智浩)
でもそのアドレナリンが、ばーーっと醒める訳じゃないですか。すると自分が刺したり撃ったドイツ兵たちを見ると自分と同じ17、8の子供なんですよ。で、まだ血を流して、致命傷を負って「ママ」とか言ってるんですよ。
(赤江珠緒)
えぇー。。。
戦場の真実
(町山智浩)
だから、その時に「わぁ!ごめんなさい!」って言いながら、水筒の水を飲ませたっていう話が出てくるんですね。すると、ドイツ兵が「ダンケシェーン」と言いながら死んでいったんだと。その時に、そのイギリス兵がこういう言葉を言うんですよ。「僕が子供っぽい、戦争に対して抱いてた子供っぽい英雄的な、格好いい幻想は、木っ端みじんに消え失せた」。って言うんですよ。まあすごい内容ですよ、こっちは。これが本当の戦場の真実を描いていて。
(赤江珠緒)
ね、現実ですからね。何をやっとるんだっていう話ですね、しかし本当に。
(町山智浩)
そうなんですよ。ただね希望もあるんですよ。戦闘が鎮まって、生き残った敵兵とやっぱり話す事になるんですね、捕虜と。すると、彼らがその普通の床屋さんとか、お百姓さんやその息子だっていう事が分かってくるんですよ。自分達と同じ、1人1人は普通の子供達なんだと、分かって、仲良くなってタバコを分け与えたりね、談笑をしたりするんですよ。1人1人になっちゃうと友達になれるんですよ。
(山里亮太)
はーっ。。
それを忘れるな
(町山智浩)
そう。でも、さっきまではもう「敵は鬼だ」とか言って信じてたんですよね。でもね、国と国とが対立をすると、相手が普通の人だっていうことを忘れちゃうんですよ。まったく憎み合っている訳でもなんでもないのに、1人1人はね。だからね、やっぱりそれを忘れるなっていう映画になってますね。はい。
それが、『彼らは生きていた』というドキュメンタリーで、これはすごかったですね。
(赤江珠緒)
そうですか。
『彼らは生きていた』は1月25日から渋谷のシアターイメージフォーラム他、全国順次公開でございます。
最初の『1917 命をかけた伝令』は2月14日から全国ロードショーとなっております。
本当にねぇ、人間は・・。どうしてってなりますね。。
(町山智浩)
本当にすごい映画でした。はい。
(赤江珠緒)
はい、町山さん、ありがとうございました!
(町山智浩)
どうもでした!
※書き起こしおわり