マイケル・チミノ監督の渾身の一作
2024年4月13日 09時53分
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総合評価:
5.0
この映画の監督はマイケル・チミノで、当時37歳で、「サンダーボルト」に次ぐ2本目の作品とは思えない力量を発揮していると思う。
東欧出身のビルモス・ジグモンドの撮影は、小さな鉄鋼町とそれを取り囲む山脈とを落ち着いた色調と雄大な構図で描く一方、ベトナムのジャングルを鮮烈な迫力で捉えていると思う。
音楽のスタンリー・マイアーズは、結婚式のシーンに流れるスラブ音楽は感動的だし、ジョン・ウィリアムスのギター演奏は、この映画を重厚なものにしていると思う。
この映画は、ベトナム戦争をテーマとしているが、アクション本位の戦争映画ではなく、また肩をいからせた反戦映画でもない。
マイケル・チミノ監督は、この映画の製作意図を、「このドラマにおける戦争とは、キャラクターとストーリーを展開させるための手段だ」「ごく平凡に生きてきた若者たちが、ふりかかった戦争という危機に、どう対処したか? だからここに描かれた戦争とは、彼らの勇気と意志力をテストする手段なのだ」と説明している。
しかし、この映画が、ベトナム戦争がアメリカの若者たちに残した、取り返しのつかない傷跡を、深い悔恨をもって見つめていることは疑えないところだ。
もう二度と、かつての青春には戻れない戦争という異常な経験を、叙事詩的な展開の中で、怒りを込めて糾弾しているのが真意であろう。
ペンシルバニア州のクレイトンという平穏な町から、マイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーブン(ジョン・サベージ)の三人が、ベトナムに出征するまでの数日間、その間にスティーブンの結婚式があり、友人5人打ち揃っての鹿狩りがある。
このクレイトンは、ロシア系の閉鎖的な町で、会話にもロシア語が混じるし、ロシア正教会が町の中心でもある。
ロシア式の結婚式とパーティーが、延々と生活感をこめて描写される。
その後の鹿狩りで、マイケルは、一発のもとに大鹿を射止める。
これに前段の1時間をつかっているが、ロシア系アメリカ人に焦点を当てていることは、ベトナム戦争の背後に、ソ連があったことを考えると、意味深長であり、ニックが米軍病院で、ソ連兵と疑われるところは複雑だ。
マイケルは、「鹿は一発で仕留めるものだ」という自信をもっている「鹿の狩人(原題)」である。
この一発でという言葉は、ロシアン・ルーレットという残酷な賭けを通じて、この映画で大きな意味をもってくる。そして、ここにもロシアが現われる。
中盤は一転して、酸鼻なベトナム戦線に移るが、この転換は衝撃的で、前段と対極的な地獄図である。
ベトコンの捕虜となった三人は、ロシアン・ルーレットの賭けの対象となる。
向かい合ったふたりが、弾丸一発を弾倉に込めたリボルバー拳銃を、交互にこめかみに当てて撃ち合い、その生死に金が賭けられる。
このような賭けが実際に行われたどうかは知らないが、一発に生死を賭けるという命題が、極端な形で示されたものと言っていいだろう。
死地を脱した三人のうち、スティーブンは足を失い、ニックは気が狂い、サイゴンでロシアン・ルーレットの射手となり、救出に来たマイケルの前で倒れる。
前段では予想もできなかった戦争の狂気が、ダイナミックに描かれる。
後段は、再び静かなクレイトンの町。しかし、一人、無事帰還したマイケルには、昔の青春は戻りようがない。
ニックの恋人で、今はマイケルを頼りとするリンダ(メリル・ストリープ)が言う、「今日は暗い日ね」という言葉は、悲しくも虚しい。
そして、マイケルにはもう鹿が撃てないのだ。